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act.5三日月サプリ<76>

階下へ降りると、京介たちの情事など感じもせずに平和な顔をした家族がリビングに集まっていた。 「あれ、一緒に入ってたのか?珍しい」 一番に声を掛けてきた冬耶だが、京介は気まずくて直視が出来ない。適当に返事をしてキッチンへと逃げ込めば、彼は呑気な顔で追いかけてくる。 「あーちゃんの髪、乾かさなくて平気?俺やろうか?」 こうして笑いかけてくる冬耶は、京介が葵を言いくるめて手を出していると知ったらきっと怒るだろうが、それよりも深く傷つく気がする。だからバレたくはない。 「平気。今日は俺がする」 「そっか、分かった」 冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出して身を翻す京介に対し、冬耶はちっとも疑わずにぽんと肩に手を置いてくる。弟のことを信頼しきっている様子はさすがに胸をチクリと痛ませてきた。 でもそれよりもやはり葵が欲しい。”おやすみ”と笑う冬耶にもう何も言い返せず、京介は駆け込むように自室に戻った。 ベッドの上の葵はまだギリギリ起きている。枕を抱えて京介の帰りを待つ姿にはさっきとは違う胸の締め付けと、息苦しさを覚えた。 鍵を掛け、ベッドに向かう前に棚の上のコンポの電源を入れる。別に音楽が聴きたいわけではないが、ベッドの軋む音と葵の声が廊下に漏れ聞こえないよう、誤魔化す手段が欲しかった。 「飲みな」 ペットボトルを差し出せば、葵も水分を欲していたのだろう。すぐにキャップを開いてこくこくと喉を鳴らし始めた。 その間に京介は床に放り投げていたカバンを漁る。普段は手ぶらで出掛けることの多い京介がこのカバンを以前使ったのは葵と共に病院と水族館に行った日だ。共に水族館で遊んだ双子の一人、七瀬から贈られたものをこの中に入れっぱなしだったことを思い出したのだ。 “早く抱いちゃえば?” 京介に出来るはずがない。そんな真意が見え隠れする笑顔で七瀬が差し出したのはどう見ても不健全な濃いピンクの液体が入った小さなボトル。 元々体を繋げるようには出来ていない同性同士な上に、体格差も大きい。京介だって葵を抱くためにこうして馴らすための道具が必要なことぐらいは理解していたが、抵抗はあった。 でも実際に葵の中の狭さを実感すると頼らないわけにはいかないだろう。何より、自分よりもずっと背の高い綾瀬を受け入れている七瀬からのアドバイスなのだから葵のためにも必要なことだと思わざるを得ない。 “早まるなよ” 七瀬に絡まれてキレる京介に対して、綾瀬だけは冷静に助言してきた。あの時は当然だと返事をしたけれど、結局綾瀬の言うことは聞けなかった。

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