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act.5三日月サプリ<81>

* * * * * * 急な仕事が飛び込んでくるのはいつものことだ。今日もまたまともな時間に帰宅出来そうもない。会社のデスクに向かいながら、穂高は深く溜息をついた。 日本に帰国してしばらくは馨の機嫌も良かったし、穂高が細かく手引をしなくても自ら進んで仕事もしてくれた。それが今は父親に叱られてやる気が削がれたのか、気分にもムラがある。 だからこうしてそのツケが穂高に回ってくるのだ。 馨の気分が乗らずにリスケになった商談のフォローをようやく終えた穂高は、パソコンに向かう手を止め、手帳に新たな予定を書き込んでいく。デジタルが主体になったとはいえ、スケジュールの管理はどうしても紙に落とし込まなければ気がすまなかった。 馨と共に日本に帰国してから落ち着く暇もない。五月のスケジュールも既にびっちりと埋められていた。更に突発的に馨から無茶苦茶な依頼が飛び込んでくるのだからたまらない。 疲れきった穂高は、そっと明日の日付の欄に書き込んだ星印を指でなぞる。 明日は葵が診察を受ける日だと宮岡から聞いている。だからその印として手帳に書き込んでいた。 “私の記憶を完全に消して欲しい” 何度も宮岡に願ったこと。そしてその度に彼から叱られるのだ。それでは葵も穂高も救われない、と。 ────本当にそうなのだろうか。 穂高にはどうしても分からなかった。”ずっと傍に居る”そう誓ったというのに穂高は葵を一人残して日本を去った。あの泣き声も縋る手も思い出す度に胸が張り裂けそうになる。 どれほど辛かっただろう。どれほど孤独だっただろう。 今葵の記憶に残っていないのはその代償だ。思い出して欲しいなんておこがましい。このまま穂高のことを忘れ去って、その後巡り合った存在との幸せな記憶だけに浸っていて欲しい。 そして自分はただ葵の幸せが永遠に続くよう駒になるだけ。 穂高はもう一度息をつくと、改めてパソコンへと向かう。 馨は自由奔放に見えて頭は良い。アーティストとしてのセンスばかりに注目されがちだったが商才もあるのだと、傍に仕えてきた穂高は実感している。その馨を補佐して立派な跡継ぎにすることが今の穂高の使命だ。だからまずはその任務を全うしなければならない。 けれど、邪魔をしてくるのは馨本人だ。

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