598 / 1601

act.5三日月サプリ<82>

「穂高?まだ残っていたんだね」 ノックもせずに扉を開けてやってきた馨は穂高を見つけて嬉しそうに微笑みかけてくる。どうやら機嫌が良いらしい。この建物自体の主なのだから、了解をとらずに入ってくることも止められやしない。 「ちょうど良かった。今日は穂高の運転で帰りたかったんだ。早く支度をして」 「……かしこまりました」 拒否するという選択肢などはじめから用意されていない。穂高がすぐに頭を下げてパソコンを閉じれば満足げな頷きが返ってきた。 多忙な穂高が付きっきりで面倒を見られないから、と付けた運転手や付き人はことごとく馨に解雇されてしまう。馨は踏み込んでいけない領域が多すぎるし、かといって構われないと拗ねてしまう。とても扱いが難しいのだ。 「馨様、後部座席にお座りください」 「気分じゃない。良いだろう?」 今だってせっかく穂高がドアを開いて待ってやったというのに、勝手に助手席に滑り込んでしまうのだ。ただでさえ若々しい容姿でこうした無邪気な笑顔を浮かべると、本当に年齢不詳になる。 仕方なく穂高が運転席へと向かうと、馨がスーツのポケットから写真を数枚出して見せてきた。どうやらこれを見せたくて隣に座りたがったらしい。 「これ、どう?」 どうと言われても反応に困るものだ。馨が手にする写真には、鳥かごのような檻で囲まれた円形のベッドが映っていた。 「もっと素敵なデザインにするつもりだけどね。ここで可愛い小鳥を育てるんだ」 “小鳥”が比喩なことぐらいは分かる。それが誰を指し示しているか、も。 「柵の色は白になさるんですか?」 「ふふ、そうだね。白もいいし、ゴールドでも良いと思ってる。」 穂高がエンジンを掛けながら話に乗ってやれば、馨はその回答にますます笑みを深めた。けれど、発進させた車に揺られるうちにどんどんと表情を曇らせていく。 「葵がこれ以上成長する前に今の姿を撮っておきたいだけなのに。どうして上手くいかないんだろう」 これがただの父親としての発言なら同情の余地はあるかもしれない。けれど、馨が自分の理想の人形を求めているのだということは理解している。 あの頃でも馨は可愛い衣装を纏わせた葵にキスを贈り続けていたが、それなりに成長した葵に対してそれ以上のことを求めないとも限らない。彼には常識など通じないのだ。葵を捕らえるものが”ベッド”だということも彼の欲を表しているようで恐ろしい。

ともだちにシェアしよう!