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act.5三日月サプリ<83>
「こんなことならあの時葵も一緒に連れていけば良かった。あの人の言う事を聞いて損をしたよ。そもそもあの人が代わりに葵の面倒を見ると言っていたのに、どうして西名の手に渡ったのか、私は納得していない」
穂高に対して、というよりも、当時のことを思い出して馨は不満を口にし始めた。
ちらりと横目に馨の表情を覗き見れば、人工的な翡翠色の目を細めて唇を噛んでいた。彼の言うとおり、あの別れは馨にとってはだまし討ちのようなものだったと穂高も思う。
藤沢家の当主であり馨の父親は、馨に対し一時的に葵を預かると持ちかけたのだ。だからその間、ほとぼりが冷めるまで日本を離れろ、と。最初は渋っていた馨も完全に壊れた葵の扱いに困ってもいたし、最後にはその提案を受け入れたのだ。
それが西名家の手に渡ってしまい、取り返すのに新たな条件を突きつけられたとあれば怒るのも無理はないかもしれない。
問題を更に複雑にしているのは、馨の息子だと名乗って現れた椿だ。
穂高ですらその存在を知らなかったのだが、顔を見れば馨と瓜二つで疑う余地は無かった。彼は藤沢家の一員であると共に、跡継ぎであることも主張してきた。葵とは違い健康で、我も強い椿を当主はそれなりに気に入って本当に馨の次の存在に育てようと考え始めている。
葵を捕らえる要素が一つ減った、そうも考えられるが、実際は逆だと穂高は感じていた。
当主は葵を馨を操作する餌としかみなさなくなったし、椿は何故か馨や西名家に敵意を持って自由に動き始めている。どう見ても穂高一人が馨を手懐けて済む問題ではなくなっているのだ。
「あぁそうだ、一度葵の学校にも挨拶をしておかないとね」
「お坊ちゃまの……ですか?」
「どう?父親らしいだろう?」
明日で連休が終わる。その後のことをもう馨は思い描いているらしい。父親として学園に挨拶に向かえば、それが一体どんな混乱を引き起こすのか。考えたくもない。
「あの人には葵にまだ会うなと言われたけれど、学校に行くなとは言われなかった。それに、”偶然”出会ってしまう分には仕方ないし、ね?」
屁理屈を捏ねるとますます子供っぽい。けれど邪気のない表情の下に狡猾な一面が隠されていることも穂高は存分に知っている。だから、彼の気を荒ぶらせないようただ静かに頷きで答えてみせた。
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