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act.5三日月サプリ<88>
「さ、じゃあベッド行こうか。おいで」
京介の元に送り届けてやろうと手を引けば、葵はなかなか椅子から立ち上がらずに冬耶を見つめてくる。何か言いたげな視線に応えるよう見つめ返せば、葵は真っ赤な顔をして両手を伸ばしてくる。
「……ぎゅって、したい」
「いいよ、あーちゃん。甘えんぼは大歓迎だ」
リクエスト通りもう一度抱き上げてやれば、葵は嬉しそうに擦り寄ってきた。数年前よりは確実に大きくなっている。それでもまだ年不相応なほど華奢な体は抱くのにはちっとも苦労しない。
「あーちゃんはいつまで抱っこさせてくれるかな」
「来年までにはもっと大きくなるから」
「そう?毎年それ聞いてる気がするなぁ」
大きくなったら卒業。葵はそう言うけれど、生憎冬耶はまだまだ身長が伸びても対応出来る自信はある。それに例え背が伸びた所で中身が成長しなければいつまでも甘えてくるに違いない。今だって冬耶に抱きついて心底安心したような顔をしているのだ。そう簡単に卒業されても困る。
「よし、着いた。ちゃんと温かくして寝るんだよ」
ほんの数時間ではあるが、それでも薬を摂取した体をゆっくり休ませてやりたい。冬耶が元居た場所である京介の部屋の前で葵を下ろしてそう言い聞かせれば、葵はまたあの目を向けてきた。
「……お兄ちゃん、次はいつ会えるかな」
今日は誕生日会が終わればそのまま皆で寮へと帰らせるつもりでいた。明日の登校のことを考えればそのほうがずっといい。葵も納得していたはずだが、またしばらく冬耶と過ごせないのが寂しいようだ。
名残惜しそうにされれば冬耶だって堪らない。
「じゃあ明るくなるまでお兄ちゃんと寝る?」
京介には妬かれるに違いない。けれど、伸ばされた手を振り払えというほうが無茶だ。誘えば葵はもう一度、冬耶にぎゅっと抱きついてきた。その体はやはりいつもよりも熱っぽい。
「お兄ちゃん、またお絵描きしてたの?」
「ん?あぁそう。ごめんな、ちょっと匂いする?」
「ううん、平気」
自室へと葵を連れ込めば、描きかけのイラストを見つけた葵が瞳を輝かせた。冬耶の絵を、葵は好きだと言ってくれる。人に見せるために描いているわけではなかったが、葵は別だ。
「お兄ちゃんの絵を見てるとね、こんな物語が合うかなぁって色々考えちゃうんだ」
首元までしっかりと布団を掛けてやりながら寝かしつけると、葵はそんなことを言ってくる。夢見がちで幻想的な物語が好きな葵は冬耶の絵を見てその世界に溶け込むようなストーリーを思い描くらしい。
「じゃあいつか、一緒に作ろうか」
「絵本?」
「あぁ。それかあーちゃんの物語にお兄ちゃんが挿絵を描いてもいいな」
自身も葵の横に寝そべり共同作業を提案すれば、葵は嬉しそうに頷いてきた。
絵本の中ばかりに逃げ込んでいた葵を、京介はよく怒っていた。きっと葵が読み込んでいた絵本が母親から与えられていたもの、というのが京介には気に入らなかったのだと思う。だから葵は普段空想好きな所を隠しがちだ。
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