604 / 1393

act.5三日月サプリ<89>

「……昨日ね、雑貨屋さんに行ったんだ。ランプがきらきらしてて不思議なものがいっぱいあって」 眠そうに微睡みながら、葵は双子との思い出を打ち明けてくれる。 「魔法の道具屋さんみたいって言っちゃったらね、聖くんも爽くんも、そうだねって言ってくれた」 葵の発言を馬鹿にせず、彼等は受け止めてくれたのだという。些細なことかもしれないが、きっと葵はとても嬉しかったのだろう。表情を見ればすぐに分かる。 「だから、二人の誕生日、ちゃんとお祝いしてあげたい。二人とも、だいすき、って言いたい」 少しずつ、葵の口調がゆったりとしたものになっていく。もうすぐ眠ってしまうはずだ。促すように頬を擦れば、葵はくすぐったそうに笑ってそして瞼を瞑った。 「あーちゃん。皆もおんなじ気持ちだよ。今年こそ、ちゃんと誕生日お祝いしよう?」 「……ん、だめ」 「意地っ張りだなぁ、どうしたらいいんだろう」 眠りに落ちかけながらも、葵はきちんと拒んで見せる。葵が皆を祝いたいと思うように、自分達だって葵がこの世に生まれたことを、そして出会えたことを感謝する機会が欲しい。けれど葵は頑なにそれを拒むのだ。 葵の抱える罪悪感から早く解放してやりたい。随分愛情を注いできているつもりなのだが、まだまだ葵を癒すには足りないのだと知ると気が遠くなるのは否めない。 でもそのままの葵を愛してくれる人が増えて、葵もそれに応えようと必死になり始めた。初めて自ら、外部の人を家に招き入れたいと主張もしてきた。辛い記憶と立ち向かうために医者に行くことも決めたという。 環境の変化は葵に悪い影響ばかりを与えているわけではない。着実にたくましくなってくれている。 「焦らなくていい。ゆっくり、幸せになるんだよ。あーちゃん」 いつまでも味方だと誓うように、額と頬に口付ける。触れた箇所はやはりいつもよりも熱いぐらいに火照っていた。 「……つめたい」 「ん?」 「ピアス、きもちいい」 うっすらと瞼を開いた葵は、冬耶の唇に付けたピアスの感触が心地よかったのだと伝えてくる。 「じゃあもう少し、しようか?」 「うん、して」 桃色の唇が紡ぐ言葉に淫らな感情など込められていないのは分かっている。それでも愛しい存在に誘われれば、さすがに胸が締め付けられるほど苦しい。 この子が他の誰かに同じ台詞を告げたとしたら。それでもいいのだと自分に言い聞かせているはずなのに、勝手に切なくなるのを止められない。 「……おに、ちゃん?」 「ごめん、おやすみあーちゃん」 不思議そうに向けられる視線を避けるように冬耶は慌てて柔らかな頬にキスを落としてやる。額や鼻先、そして赤くちらつく耳にまで口付けても、葵は抵抗もせずに甘く息をつくだけ。 何度も繰り返したせいでとっくにピアスは葵の熱で温くなっているはずだ。それでも止めてしまえば、葵がもっととねだるように冬耶の手を握ってくる。ちっとも完全な眠りに落ちてくれない葵にそうしてとことん煽られ、鉄壁だったはずの冬耶の理性がぐらつき始めてようやく穏やかな寝息が聞こえてきた。 「まずいな。お兄ちゃん、自信がなくなってきたよ」 普段はワックスで固めている髪をかきあげ、冬耶は自嘲気味に笑う。それでも葵はやはり何も知らない無垢な顔で冬耶の手を離そうとはしなかった。

ともだちにシェアしよう!