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act.5三日月サプリ<91>

「……あぁ彼にはコーヒーを。何か食べるかい?」 呼び寄せた店員に二人分の注文を告げた宮岡は最後に京介の飲み物も頼んだが、京介は食べ物までは要らないと言うようにただ静かに首を振って答えていた。宮岡と葵の会話に割って入る気はないらしい。 「葵くんはどんな食べ物が好き?小さい頃から変わらず好きなものとか、ありますか?」 運ばれてきた紅茶に砂糖を溶かしながら宮岡が投げかけてきた最初の質問はやはり彼の言う通り、”好きなもの”の話だ。でも小さい頃から、というフレーズは葵の記憶をごく自然に当時に遡らせてくる。 食事の時間は苦痛だった。物心ついた頃からお腹が空くという感覚に麻痺すらしていた。でもそれを紗耶香が根気よく矯正してくれた。 「お母さんの作ったトマトクリームのパスタと、オムライスが好きです」 「料理上手?」 「はい、とっても」 紗耶香の作るものは何でも美味しい。そう思えるようになったのは、彼女自身の腕前によるものも大きいが、家族で同じ食卓を囲むことでより食事の時間を楽しく感じさせてもらえたのだと思う。 「それから、遥さんの作るいちごのムースがすごく美味しくて。……あ、遥さんはお兄ちゃんのお友達、で。お兄ちゃんって言うのは京ちゃんのお兄ちゃん、で」 そこまで言って葵は口を噤んだ。自分のことを伝えるにはどうしても周囲の人を宮岡に紹介しなくてはいけない。でもいちいち説明して宮岡は嫌な気分にならないのか不安になったのだ。 「……ごめんなさい。上手に、喋れません」 葵は宮岡に素直に謝った。でも宮岡の顔が見れなくてただティースプーンでかき混ぜ続けるカップの中をじっと見つめることしか出来ない。隣に座って良かったと早くも実感してしまった。 「そうだ、葵くん。まずは葵くんの大好きな”人”から教えてもらいましょうか。そうしたらきっと困らないよ」 宮岡は気を悪くすることなく、傍に置いたカバンからノートとペンを取り出してテーブルの上に広げ始めた。 「真ん中が葵くん」 そう言って宮岡は白いページの中心部に小さく丸を書いた。そして葵にペンを渡してくる。続きを書けということらしい。でも自分の周りにいる人を図式化しようなんて考えたことも無かったのだから何から始めて良いのかますます戸惑ってしまう。 「まずはお母さんから書いてみたら?」 さっき名前が出たからと宮岡がヒントを与えてくれた。だから葵は自分のすぐ傍に丸を書いてその下に紗耶香の名を書いてみる。そうすると隣には陽平と、そして冬耶や京介が居なければおかしい。 「葵くんの家族、なんだね」 分かりやすいように自分も含めて全員を更に丸で囲むと、宮岡が褒めるように頭を撫でてくれる。その宮岡の大きな手の感触も、家族として自分が西名家に収まっているのを視覚的に見たことも、なんだか心がむずむずしてくすぐったくなった。

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