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act.5三日月サプリ<98>
「宮岡には私の代わりにお坊ちゃまに接してほしい」
やはり穂高は頑なに葵との面会を拒む。
「アキを失って葵くんの心に開いた穴はアキにしか埋められないよ。どんなに他の存在で心を覆っても、満たされないままだ」
「……それなら、お坊ちゃまが求めているのは私だけじゃない。亡くなった人の代わりには何を用意してやればいい?」
穂高の問い掛けは宮岡でもすんなりと返事が出来るものではない。
ただ答えが見つからないというわけではない。むしろ答えになり得るものを抱えているから安易に口を出せなかった。穂高にもまだ打ち明けられない事実を宮岡は飲み込むように深く息をつく。
「忘れさせたいと願うのは、罪、なのかな」
穂高がぽつりと漏らした言葉は沈黙に溶け込むように消えていく。
葵が好きな人を教えてくれる中で、馨やエレナ、シノブの名前を刻んだことには宮岡も驚かされた。思い出したくない辛い記憶だと決めつけて葵を遠ざけるのは、葵本人はきっと望んでいない。穂高も考えを改め始めたらしい。
「どうして”好き”と言えるのか、分からない」
「愛情深い子なんだ、きっと。あの家庭環境でアキの愛情に必死で応えようとしていたんだろ?憎んだり恨んだりするよりも、愛し続けることのほうが本当はずっと難しいと思う」
穂高の話では生みの母親にはまともな愛情を注がれなかったはずだが、それでも葵は好きだと言った。自分を置き去りにした父親のことも負の感情を抱いている素振りはない。どちらかと言えば、彼等に愛されたくて仕方がない、そんな様子が窺えた。
「葵くんは愛情に飢えているね。だから愛そうとしているんだ。会ったばかりの私のことすら好きと言ってくれたから」
妬かせるつもりはなかったのだが、宮岡が告げれば穂高は少し悔しそうに唇を噛んでみせた。でもそれを指摘すればきっと穂高はへそを曲げてしまうに違いない。
「そういえば、渡そうと思ってたんだ。今日会えて良かったよ。メールで送りつけるのも気が引けてね」
宮岡は話題の矛先を変え、カバンから一枚のプリントを取り出し穂高へと手渡した。
「これは……?」
「”篠田椿”の身辺調査結果っていうと堅苦しいけど、彼の情報知りたがっていただろう?」
不思議そうにする穂高にそう告げれば、彼は途端に険しい表情になった。
人ひとり調べることなど造作ないはずの穂高は、藤沢家に突然現れた椿のことは調べられないのだと以前ぼやいていた。不可能、というわけではない。だが馨が椿の出生を一切穂高に打ち明けないのだという。穂高が馨に許可なく調べたことがバレたら馨の信頼を失い、葵を守れないことに繋がるのを恐れていた。
だから頼まれてはいなかったが宮岡が代わりに動いたのだ。
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