615 / 1599

act.5三日月サプリ<99>

「君は本当にお節介だね」 「……役に立つだろう?」 穂高は呆れたような声を出したが、口元は宮岡につられたように少し緩んでくれた。 「篠田椿の母親は篠田美鈴。美大に通っていたごく一般的な家庭の女性だ」 「……”ミスズ”さん」 「覚えがある?」 “篠田”は穂高の記憶に残っていなかったようだが、名前の響きは残っていたらしい。明らかに表情を変えた穂高に尋ねれば、彼は静かに頷いた。 「顔を合わせた覚えはないけれど、馨様が名を口にしていたことは覚えてる」 「彼女の通っていた大学の教授が藤沢家と繋がりがあったらしい」 藤沢家の所有する庭園は広大で美しい。その風景を絵画や写真の題材にするべく、その教授は時折学生を連れて藤沢家に遊びに来ていたようだ。美鈴もその学生の中の一人だった。 その後、美鈴が個人的に藤沢家から給与を貰って庭の手入れや清掃を手伝っていた記録まで調べることが出来た。だがそれもごくわずかな期間。いくら藤沢家の敷地内に秋吉家があるとはいえ、当時まだ小学生だった穂高が藤沢家に短期で雇われた使用人の事を覚えているほうが難しいだろう。 「だから馨様は急に写真に興味を持ち始めたのか」 美鈴が専攻していたものを読んだ穂高は納得したように声を上げた。 「美鈴さんの存在が大きな影響を与えたんだろうね。エレナさんとは違ってきちんと”恋愛”を経て篠田椿を授かったんじゃないかな。あくまで想像に過ぎないけれど」 「いや……そう、だと思う。馨様は一台だけあまり高価ではないカメラをお持ちなんだ。”M”と刻まれたレリーズボタンの付いたカメラ。元は美鈴さんの持ち物だったのかもしれない」 宮岡の立てた仮説に一度はそう同調した穂高は、でも、と言葉を続けた。 「それならどうして篠田さんに対しての愛情があまり感じられないんだろう。受け入れて傍に置いてはいるけれど、未だにカメラを大事にするほどの相手との子供、という感じはしない」 実際に馨と椿の距離感を目にしていない宮岡には穂高の疑問に共感してやることは出来ないし、馨と美鈴が別れた経緯まではさすがに宮岡も調べることが出来なかった。 美鈴が大学を辞めて一人、故郷にも帰らずに椿を産んで育てたという事実だけは分かったが、その経緯まではもっと詳しく当時の関係者に話を聞かないことには引き出すことが出来ない。

ともだちにシェアしよう!