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act.5三日月サプリ<100>

「アキ、それも気になるだろうけど、私が気になるのは美鈴さんが交通事故で亡くなっていること。そしてその時期は君たちが日本を旅立つほんの少し前、ということだ」 宮岡は今まで唐突に不幸な事件が起こったのだとばかり考えていたが、美鈴の存在が明らかになったことで急にその意味合いが違ってくるように思えるのだ。 馨が妻としたエレナを愛さなかったこと。エレナが自ら死を選んだこと。そしてそれをきっかけに馨が葵を置いて日本を去ったこと。その全ての原因が美鈴の存在だとすれば、妙に合点がいく。 「それに、篠田椿が母を亡くして預けられた施設の名前も見てごらん」 「……お坊ちゃまが居た場所だ」 「そう、恐らくここで二人は出会ってる」 馨に置き去りにされた葵は藤沢家が引き取った。だが扱いきれずに一時的に施設に押し込まれたことは宮岡も穂高も把握している。その施設で椿と接点があると知って、少なからず穂高はショックを受けているようだった。ハンドルに預けた指先が少し、震えているのが見える。 「篠田さんの馨様と西名さんに対する恨みの理由が少し、分かった気がする」 「父親に対してはなんとなく想像はつくけど、西名さんのことまで敵視してるのか?」 今度は宮岡が聞き返す番だった。先を促すように穂高を見やれば、晴れた休日に不似合いなほどしっかりとスーツを着込んでいる彼の顔もまた、温かな陽気とは対照的に曇りきっていた。 「施設からお坊ちゃまを引き取ったのは西名さんだ。もし施設でお坊ちゃまと篠田さんが親しくなっていたら、西名さんのせいで引き離されたと思っても無理はないかな、って」 「あぁ、なるほど。それは有り得そうだね。うーん、厄介だ」 「本当に。馨様が西名さん宛に送った小切手の控えを見つけてしまって、金目的でお坊ちゃまを育てているんだと勘違いされていたから」 そしてそれを葵本人に告げたのだと穂高は苦々しげに教えてくれた。初めから敵と認識している相手の行動は全て悪いものに見えてしまいがちだ。椿の行動が”葵のため”と信じている悪意のないものだとすれば、ますます対処が難しい。 「俺はただアキを笑顔にさせたかっただけなのに。難解なパズルを解いている気分だよ」 教室ではつまらなそうな顔ばかりしていた穂高。友達も作らず、授業が終わればいつも飛ぶように帰宅する彼は笑うことがあるのだろうか。初めはそんな興味からだった。 それがいつしかもう何年も彼と不可思議な関係が続いている。 「……離脱しても構わない。無関係な君をこれ以上巻き込むのはさすがに気が引ける」 “無関係”、そう表現するにはあまりにも宮岡は深く入り込んでしまっている。それを分かっていて尚突き放すような言葉を選ぶのは穂高の優しさなのだろうが、あまりにも残酷だ。 「ツレないこと言うなよ。今更どうしろって?」 宮岡が言い返せば、穂高は涙を堪えるように顔をしかめた。そして消え入りそうな声で”ごめん”と呟く。宮岡相手にはいつも強気な彼が珍しい。それだけ葵の行く末への不安を隠しきれないのだろう。 「アキが葵くんと笑い合えるまで。嫌と言われたって付き合うから」 何度も繰り返した誓い。鈍色の柔らかな髪に触れながら改めて口にすれば、穂高からはもう一度”ごめん”と謝罪が吐き出された。

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