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act.5三日月サプリ<101>

* * * * * * 家までの帰り道、寄り道をすることは初めから決めていた。幸い、宮岡と面会した店から目的の場所は同じ路線で立ち寄りやすい。大通りから少し外れた路面にあるというのに人気の洋菓子店に併設した喫茶スペースは満席で、待機列も伸びている。 でもさっき宮岡と十分にお茶を楽しんできた葵の足はその列を横目に、テイクアウト専用のカウンターへと向かった。京介はただ黙ってその後を追う。 「こんにちは」 「葵ちゃん!そうか予約の”フジサワ”って葵ちゃんのことだったんだ」 カウンターに居た女性スタッフに葵が声を掛ければ、彼女は親しげに笑いかけている。 「待ってて、すぐにオーナー呼んでくるから」 葵の目的が誰か、彼女は言わなくても分かっている。一度奥に下がり、そしてコックコートを身に纏った男性を一人、連れてきた。その手には白いボックスが乗せられている。葵は彼が現れるなりカウンターにもう一歩近づき、待ちきれないとばかりに体を弾ませた。それも無理はない。 今やってきた少し無愛想にも見える顔つきの男性は遥の父、譲二だ。彼を見る度に遥は完全に母親似なのだと、京介は考えてしまう。譲二は一見、繊細な洋菓子を作っているとは思えないほど渋い顔つきをしているし、線の細い遥に比べて無骨な印象は拭えない。 ここは彼の経営する洋菓子店の一つ。誕生日会には必須だからと、葵がここで双子のためのケーキを用意しようと望んだのだ。 「譲二さん、昨日は突然連絡してごめんなさい」 「……いや。これでいいか?」 譲二は葵の謝罪にはさらりと返事を返し、ボックスの蓋を開けて葵へと中身を示した。冷たいように見えるが、彼はいつもこんな調子だ。これでも葵のことは可愛がっている。葵も譲二の態度にはすっかり慣れていて気にしてはいない。彼と共にボックスを覗き込んだ。 「いちごいっぱいで美味しそう。あれ、でも頼んでたサイズよりも大きい気が……」 「あぁ、間違えたんだな。じゃあこれはサービス、ということにしてくれ」 葵が伝えていたサイズよりも大きかったらしい。葵が指摘すれば、譲二はそっけなく言い捨てて蓋を閉めてしまった。どう見てもわざとだろう。素直におまけが出来なかったのだというのは傍で見守る京介からもすぐに分かる。 遥は父親のことを口下手な職人気質と称している。だから妻にも愛想を尽かされたのだと言っていた。もしかしたら遥が人の捌き方が上手いのは父親を反面教師にしているからかもしれない。

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