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act.5三日月サプリ<106>

「……今日行く家って、西名くんの?それとも、葵くんの家?」 奈央は冬耶と親しい。葵が打ち明けていなくても、葵が西名家で育てられていることは把握しているようだった。だからこそ、人知れず今日の誕生日会の会場のことを心配している口ぶりだ。 「俺ん家。葵、多分それを高山さん達に伝えようと思ってる。だから、受け入れてやってほしい」 「もちろんだよ。忍と櫻もああ見えて踏み込んじゃいけないところはわきまえてるから、安心してね」 今日葵が全てを打ち明けられるわけがない。ただ、京介達と暮らしているのだとそう伝えるだけで精一杯なはずだ。だから葵の口から語られる以上のことをまだ詮索しないでくれと暗に伝えれば、奈央は京介を安心させる笑顔を返してきた。 正直な所、忍と櫻は京介の目から見れば我も押しも強い。葵を遠慮なく口説き落とそうとしているようにも思える。だから奈央の言葉を手放しに信じられそうもなかったが、奈央は友人のことを心から信頼しているようだ。 奈央がそう言うなら、そんな気分にさせるのは彼のすごい所だろう。そしてだからこそ、冬耶も後輩の中で一番目を掛けていたのだと京介は感じる。 京介にとって慣れ親しんだ帰路だが、初めての相手と進むのはどうしても違和感は拭えない。それは葵も同じなのか、忍や櫻と会話しながらも時折振り返って京介の存在を確かめてくる。 今は空き家のまま放置されている藤沢家の前を通り過ぎた葵は西名家の門の前で足を止めた。 そこでもう一度、葵は京介に視線を投げかけてくる。だから促すように首を縦に振ってやれば、葵は意を決したように顔を上げ、彼等を振り仰いだ。 「ここが、僕のお家です」 凛とした葵の声が晴れた空の下に響く。 門扉の横に掲げられた表札には”西名”と記されている。そして通過したばかりの隣家には”藤沢”の名があったことを彼等は気づいていたかもしれない。 けれど、葵が勇気を出して口にした事実を彼等は皆笑顔で受け止めた。 葵の部屋を見てみたいとリクエストする忍や、沢山歩いて疲れたから早く中に入れろと主張する櫻。二人は至っていつも通り自由気ままに己の欲に忠実だ。奈央はそんな勝手な友人達を苦笑いで諌めている。 きっと生徒会でも葵はこんな風に彼等と過ごしているのだろう。 癖のある先輩達に可愛がられ、そして着実に絆を結んでいる。葵はもしかしたら京介よりもずっと人付き合いが上手くなってしまったのかもしれない。京介は再び身勝手な寂しさに襲われる。 それでも彼等を家に招いた葵が、こっそりと京介に近づき”ありがとう”とはにかみながら感謝を口にしてくるのだから、嫉妬も独占欲も、今日は我慢してやろう。そんな気にさせられた。

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