624 / 1631

act.5三日月サプリ<108>

「嫌われてたとはちょっと違うかな。皆葵ちゃんのことが憎くて意地悪してたんじゃない。今よりもっと体が弱かったからよく学校休んでたし、保健室にも通ってた。それがサボりに見えたのかもしれないね。ずるいって言われてたから」 七瀬は当時のことを思い出しながら丁寧に応えてくれる。 モデルの仕事で授業を抜けたり、野外の体育を辞退していた聖には、七瀬の言うクラスメイトの反感が理解出来るような気がした。爽も同じことを思ったのだろう。自分達と重ねたのか、切ない顔つきをしていた。 「それに、校内で目立つ先輩に可愛がられてたら嫉妬もするよね」 七瀬の言う目立つ先輩とは、冬耶と遥のことなのだろう。確かに卒業した今でも慕う後輩が多い、影響力のある二人だ。そんな二人に溺愛されている葵が嫉妬の対象になるのも無理はないかもしれない。 「葵ちゃんと仲良くなりたいって子は多かったよ?でも葵ちゃんが京介っち以外拒絶してたし。単純に誰が悪いって話でもないんだよね」 人懐っこい笑顔を浮かべる葵の姿しか知らない聖にとっては、想像が出来ない話だった。 「ま、過去は過去。葵ちゃんにとっては今が一番大事だから。仲良くしてやってよ」 まるで葵の親か兄弟のような調子で七瀬が聖と爽を交互に見上げてくる。言われなくても仲良くするつもりだ。でも簡単に言い返せるような軽さはそこにはない。 いくつか角を曲がって現れた通りは、一般的な家屋よりもサイズの大きな家が立ち並ぶエリアのようだった。その中でも一際目立つ屋敷の前を七瀬は無言で通り過ぎるが、聖はその表札が気になり、足を止めた。 “Fujisawa” 白くつるりとした石に刻まれたくすんだ金色の文字は間違いなく葵の苗字だった。 背の高い門はチェーンが巻かれ、容易には開きそうもない。壁を覆うように生えている蔦も、門から玄関先まで鬱蒼と茂る雑草も、長い間誰も立ち入っていないことを示していた。 「ここ葵先輩の家、じゃないの?」 「……さぁ」 建物の造りだけを見れば小ぶりな城のような趣で葵にはぴったりと似合っている。でも屋敷に漂う雰囲気は到底葵の生家だとは思えないほど陰鬱としていた。胸がざわめくのを押さえきれず爽を見やれば、彼もまた眉をひそめて屋敷を見上げていた。

ともだちにシェアしよう!