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act.5三日月サプリ<114>

「……こんな小さい頃から一緒に住んでたんだ」 聖の呟きも耳に残る。確かに西名家のイベントには葵一人が参加しているし、家庭での日常のワンシーンにも当たり前のように葵の姿がある。隣家の荒れ方はここ一、二年のものではなかったし、葵が西名家の一員として長い年月を過ごしていたのは間違いないようだ。 「もしかしてこの人が”遥さん”っすか?」 「そうそう。へぇ、あの人も可愛い時代があったんだね」 アルバムのページをめくる内に西名家の輪に加わった見覚えのない少年を指差せば、櫻は頷きながら面白そうに笑ってくる。確かに写真の中にいる少年はその髪の長さもあって、少女にも見えるほど綺麗な顔立ちをしている。学園で地獄の番人”閻魔”と称されるようになるとは想像も付かない。 月日を追う毎に、遥と葵の距離が縮まっていくのも分かる。葵が段々とカメラに視線を合わせ、笑顔を見せるようにもなってきた。 この温かな家庭をもってしても、葵が笑顔を取り戻すのに数年掛かっている。それはつまり、葵の心にそれだけ大きな傷を残す何かがあったことを示していた。 本当に自分達がこれを見てしまってよかったのか。爽だけでなく、聖も、忍や櫻までが似たことを感じ始めたのだろう。楽しげにアルバムを見下ろしていた顔つきがそれぞれ曇っていく。 だが、それを打ち払ったのはリビングに戻ってきた葵だった。 「あ、入学式の写真だ、懐かしい」 囲まれたアルバムの中から葵が指差したのは中等部の制服を身に纏った葵と京介、そして冬耶、遥が校門で四人並んでいるものだった。葵はやはり京介の影に半身を隠してはいるものの、はにかんでいる様子が見える。 「京ちゃん、ギリギリまでネクタイしなかったんだよ」 「そうだったな。で、俺と遥が二人がかりで無理やり締めたんだっけ」 当時の思い出を振り返る葵に便乗するように、冬耶も現れて笑ってみせる。確かに京介はキャラメル色のブレザーを羽織るのさえ抵抗したのか、どこか着崩れている感が否めない。 「この頃はまだ手に負えたんだけど、いつのまにかあんなにデカくなっちゃって。高等部の入学式はあいつ、ネクタイ首から下げてただけだもんな」 「でもね、式の最中だけは結んでたよ」 「え、そうだったの?」 「うん、僕が結んであげた。お兄ちゃんが挨拶してる時は結ぼうって言ったら聞いてくれたんだ」 葵と冬耶は兄弟の会話を弾ませるが、どうにも妬けてしまう内容だ。だが、葵が結んでくれるならと大人しくなった京介の姿が想像出来てしまって面白い。

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