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act.5三日月サプリ<118>
「九夜若葉。知っとる?赤髪のでっかい奴」
「冬耶さんの、敵」
「んーまぁ、その認識で合っとる、か」
葵以外の人間に興味のなさそうな都古だが、一応は若葉の存在を認識していたらしい。それなら少し、話はスムーズだ。
「それが明日から登校してくる。西名さんの一番大事な子、狙わないとも限らんから、心配でな。もう若葉止められる西名さんもおらんやろ」
「なんで、今?」
都古の疑問はもっともだった。冬耶が在学中でも葵を狙うチャンスはいくらでもあったし、彼を打ち負かすなら葵を人質にでもするほうが手っ取り早い。それを今まで避けてきた若葉が何故今葵を気にするのか。幸樹にもそれが分からなかった。
「ただの暇つぶしか、気まぐれか。それとも、誰かが仕向けた、か」
「誰か?」
「そ、分からんけど」
幸樹の曖昧な回答に都古は苛立ったらしい。放つ空気が更に刺々しくなってきた。それでも幸樹の歩調に合わせてくるのは葵のため、だからだろう。
幸樹相手にはちっとも懐く様子を見せない野良猫のような彼が、葵には従順で健気になるのが第三者から見れば可愛らしくも見える。だから幸樹は嫌がられるだろうがお節介な忠告をすることにした。
「若葉は平気で卑怯な手段も使うし、君が今までガッコで戦った相手とは桁違いに強いから気ぃ付けて。なんかあったら京介と共闘するか、俺呼んで。一対一はやめとき」
若葉と対峙するような機会がないほうがいい。だが万が一起きた場合、都古の性格を考えたら意地でも一人で葵を守ろうと無茶をする気がする。
いくら戦闘能力が高いとはいえ、都古と比べれば若葉は体格からしてまず規格外だ。経験値も違う。どんなに都古が健闘してもまともにやりあえばまず若葉が優勢なのは崩れないだろう。
でも相変わらず澄ました顔の都古はまた尖った言葉を投げ返してきた。
「アンタは、考える?やる前に、負けること」
まるで余計な事を考えて戦うなんて邪道だとでも言いたげな顔つきだ。どうやら幸樹の予想以上に彼は血の気が多いらしい。
温かな日差しを浴び、体をしならせて伸びをする都古は本物の猫のようだ。でも眠そうに薄める黒い瞳の奥は鋭く光り、周囲に神経を張り巡らせているように感じられる。葵が傍にいる時は気が緩んでいるように見受けられるが、居ない時にはこうも棘のある空気を放つのかと驚かされる。
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