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act.5三日月サプリ<119>
「なぁ、ほんまに行かん?藤沢ちゃん、待ってるんちゃうの?」
駅に着いても都古は迷うことなく改札に向かおうとする。葵に会いに行こうとしたことなど無かったことにする気らしい。堪りかねて幸樹が声を掛けると、お節介だと言わんばかりにまた、睨まれた。
「後で、会うから」
どこかから取り出した小銭で学園までの切符を買う都古にもう戻るという選択肢はないらしい。
「あぁ今日寮帰るんか」
「そ、一緒に寝る。ご褒美も、もらう」
切符を片手に振り返った都古は無愛想なままだと言うのに、葵と過ごす時間を思い浮かべているからかどこか幸福そうだ。
でもそのまま改札の向こうへと消えようとした都古から、今度は幸樹のほうへ一歩歩み寄ってきた。そして告げられた言葉は幸樹が思いもよらないものだった。
「……感謝、してる」
彼は冗談など口にしない。真っ直ぐに幸樹を見上げてくる目も真剣そのものだった。
「アオ、助けてくれた。それは……感謝、する」
「ちゃうって。あれは俺が」
悪いから、そう言いかけたが今度こそ都古は身を翻して改札へと消えてしまった。
まさか都古が湖での出来事をそんな風に受け止めているとは思わなかった。
もしかしたら京介が都古に真実を話さず、幸樹と共に湖で遊んでいて溺れたという嘘をつき続けているのかもしれない。だとしても、殴られてもおかしくない、そう思っていたのだから余計だ。
だがあれだけ葵の傍に居る都古が、葵が泳げないという事実を知らないとも思えない。となれば、やはりあの嘘を信じ込んでいるとはにわかには信じ難かった。
幸樹さえ眠っていなければ、仮に葵がパニックに陥っても飛び込む前に引き止めることが出来た。そもそも発熱していた葵を湖に連れ出さなければ良かったのだ。何度自分の行動を振り返って悔やんだか分からない。
いっそのこと誰かに思い切り罵倒され、詰られたほうがよっぽど楽になれる。それがあんな風に感謝されてしまえば、胸が張り裂けそうなほど苦しい。
だが、恐らく都古は幸樹への怒りも恨みも通り越すほど、葵を愛している。だからただ葵の命を繋いだことを感謝してきたのだろう。
「あぁもう、敵わんな」
盲目な猫の片想いに触れてしまえば、そんな言葉しか浮かんでこない。紺色の着物の裾を軽やかに舞わせながらホームへの階段を上る都古の後ろ姿を見ながら、幸樹は人知れず苦笑いを零すことしか出来なかった。
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