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act.5三日月サプリ<121>
「でさ、京介っち」
「なんだよ」
無視すれば余計に七瀬がしつこくなるのは知っている。だから嫌々ながらも京介が答えてやれば、七瀬は何故か体を起き上がらせて掛け布団をめくってみせた。
「シーツにピンクの染みあるんだけど、使ったの?アレ」
「……は?」
心当たりはもちろんある。七瀬から貰ったローションの封を昨夜開けたばかりだ。でも証拠が残らないようにきちんとバスタオルを敷いて対策をしていたはずだ。
七瀬の指摘を受けて慌てて立ち上がれば、そこには七瀬の言うような染みなど見当たらない。ハメられた、京介がそれに気付くなり、七瀬がケラケラと笑いだした。
だが頭に血がのぼるまま七瀬へと振り上げた拳は綾瀬に掴まれる。京介だって本気で小柄な七瀬を攻撃しようと思ったわけではない。長身の部類に入る綾瀬が京介の腕を掴むのは容易だった。
「藤沢、抱いたのか?早まるなって言ったよな」
てっきり大切な恋人が殴られることを阻みたいのかと思えば、綾瀬が口にしたのは葵の身を案じる言葉だった。見損なったと言わんばかりの綾瀬の目線が痛い。
「大丈夫だよ、綾。絶対ヤれてないから」
「……るせぇな、もう」
見透かしてくる七瀬が憎たらしい。でも綾瀬を本気で怒らせるのは避けたかった。仕方なく認めるようにもう一度ラグに腰を下ろせば、七瀬からは笑われ、綾瀬には安堵したように溜息をつかれた。
「なんで出来なかったの?一応シようとは思ったわけでしょ?理由聞くよ」
ベッドに頬杖をついて眺めてくる七瀬はさっきまでのふざけた調子を引っ込めて、ただ友人として相談に乗るスタンスを見せてきた。京介の感情をかき乱すように見えて、七瀬には上手く操られている感覚に陥る。
「……途中で寝たんだよ、あいつ」
中断せざるをえなかった理由を京介が告げれば、怖い顔をしたままだった綾瀬が小さく笑ったのが見えた。笑われるのも無理はない。自分でも振り返れば笑いたくなってくる。
「じゃあもう寸前だった感じ?」
「いや……先が見えねぇ、マジで」
指一本しか潜り込ませられなかったのだ。髪をかき上げながらまだ目標には程遠いと白状すると、双子は揃って笑ってきた。目元のホクロぐらいが唯一兄弟らしい部分だと思っていたが、笑顔はやはりどことなく雰囲気が似ている。
「でも、中途半端なまんま一線超えていいの?ちゃんと告白した?」
笑顔を引っ込めた七瀬が冷静に問い掛けてきた。彼が何を言いたいかは京介だって分かっている。自分が一人突っ走ってしまえば、一応は保たれている均衡が崩れるだろう。
だが京介にだって言い分はある。自分の想いなら散々葵に伝えてきたつもりだ。言葉の代わりに七瀬を見つめ返せば、少し呆れたような表情を浮かべられた。
「葵ちゃんが受け止められてなかったら、伝わってるって言わないよ?」
「……分かってる。あいつが俺に求めてんのは”家族”だから」
自ら口に出すのは苦しくて堪らないが、ここ数日の間でもそれは痛いほど実感してきた。だから早く”家族”ではするはずのない行為を葵に求めたくなるのかもしれない。
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