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act.5三日月サプリ<127>

「……みゃーちゃん!」 葵が飛び出すことを見越していたように、前を歩いていた皆が歩道の端に寄って葵を通してくれる。都古を恋しがっていたことがバレていたのだと恥ずかしくなるが、今更取り繕っても仕方がない。葵が都古の元へと駆け寄れば、彼もまたその声に気が付いて顔を上げてくれた。 「おかえり、アオ」 相当眠いのかゆったりとした口調ではあるが、荷物を抱えた葵に思い切り抱きついてくる腕は力強い。長い時間外に居たのか、都古の浴衣からは太陽の匂いがふわりと香ってきた。 「補習、がんばった」 「知ってる。皆から聞いたよ」 「じゃあ……ご褒美?」 周りの目など気にせず目一杯擦り寄って甘えてくる猫は可愛いが、すぐにこうしてねだってくる所は油断出来ない。今だって葵を抱え上げて寮に向かおうとしてくるのだ。でも葵はまだこの場を立ち去るわけにはいかなかった。 「みゃーちゃん、ちょっと待って。皆で写真撮ろう」 不満そうに見上げてくる都古をなだめるために、葵はバッグから使い捨てカメラを一つ取り出して指し示してみせた。 誕生日会の最中は冬耶がカメラマンになって思い出を記録してくれたが、都古も含めての集合写真も一枚、撮っておきたかった。都古は気乗りしない顔をしてみせたが、葵の願いには従順だ。せめて葵の隣は死守するべく、ぎゅっと抱きついてくる腕の力は緩まらない。 葵を背後から抱きすくめる都古の次に、今日の”主役”だからと聖と爽が葵の両脇をしっかりと確保してきたせいで若干の小競り合いは生じたが、七瀬がカメラマン代わりに守衛室から呼んだ警備員が現れると自然と並び順が決まり始めた。 「あんなおもちゃみたいなので写真撮れるの?」 葵の渡したカメラを警備員が構えれば、使い捨てカメラには縁のない櫻が訝しげな声を上げた。確かにおもちゃのように手軽なカメラではあるが、葵が自分のアルバムに挟んだ写真はほとんどがこのカメラで撮影したものだ。だから自信を持って櫻に頷き返すことが出来る。 警備員がカウントダウンを始めると、騒がしさが治まり、皆がカメラのレンズに視線を向けたのがわかった。この瞬間、一体皆が何を思い、どんな表情を浮かべているのか。軽いシャッター音を耳にしながら、葵はそんなことを考えていた。

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