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act.5三日月サプリ<132>

「一番、好き?」 葵にとって難しい質問であることは都古も分かっている。そう簡単に答えられる問いなら、こんな風に悩む必要もない。葵はやはり都古の言う”一番”が気になるのか、唇を噛んで押し黙ってしまった。 「一番は、いない?それとも……俺じゃ、ない?」 もし、他の名を口にされたとしたら立ち直れないほど傷つくだろう。葵にまだ特別な存在がいないことを確信しているからこそ聞けるのだ。葵は案の定、”分からない”とだけ小さな声で返してきた。 「一番とかどっちがとか、分からない」 葵は困ったような顔で都古の髪を梳く手を再開させた。 葵は都古が眠っていたと思っているだろうが、都古が西名家に泊まった日、京介が葵に選択を迫ったことは盗み聞いていた。高等部を卒業した後の進路を迷う葵に、都古と京介、どちらを選ぶか問い掛けていたのだ。恐らくその時の問いを思い返しているのだろう。 「じゃ、誰とキス、したい?」 「誰とって……考えたことないよ」 葵には抽象的な問いよりももっと具体的なことでイメージさせたほうがいいのかもしれない。そう思って投げかけた言葉は、葵の頬をより一層赤くさせた。 「一番、ドキドキする、のは?」 葵の膝に乗せていた頭を起こし、あえて顔を寄せて尋ねると、ぷいと逸らされてしまう。照れる対象として認識してくれているのはありがたいが、その対象が都古だけではないことが問題だ。 「アオ、こっち向いて」 体を完全に起き上がらせた都古は葵が逃げないよう腰に手を回して正面から顔を覗き込んだ。葵の背後は桜の幹。後ろに下がることも出来ず、葵はようやく都古を見つめ返してくれる。そのままもう一度顔を近づければ、観念したようにそっと瞼が閉じられた。それを合図にゆっくりと唇を重ねる。 連休最後の夜を楽しんでいるのか、寮のほうからは時折楽しげな笑い声がうっすらと聞こえてくるが、それ以外人気のない中庭では二人の唇が触れ合う音だけが響く。 「……熱、ある?」 何度かの軽いキスの後、より深く舌を潜り込ませてようやく都古は葵の体温がいつもよりも高いことに気が付いた。都古が思わず顔を上げて尋ねれば、葵からは気まずそうな苦笑いが返ってくる。自覚があったらしい。薄暗い中でも頬の赤味が分かりやすいのも、そのせいなのだろう。

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