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act.5三日月サプリ<133>

「いつから?」 「朝かな?でも昨日髪乾かすの忘れて冷えちゃっただけだから、大したことないよ。薬も飲んだし、すぐ治ると思う」 都古の心配を取り払うように葵は笑ってみせるが、余計に不安に駆られてしまう。過剰に世話を焼きたがる西名家の面々が居てなぜそんな事態に陥ったのか。 「なんで、忘れた?」 「お風呂上がり、そのまま寝ちゃったから」 「……京介と?」 二人が一緒に眠ることなど珍しいことではない。いつもは大人ぶる京介も、都古の目がなければ西名家で存分に葵へ引っ付くことも予想がついている。だが、頷いて返事をする葵の様子だけが都古の想定外なのだ。どこか気まずそうな、恥ずかしそうな表情を浮かべていることに胸騒ぎがする。 「京介と、入った?」 「うん、久しぶりに。櫻先輩から貰った入浴剤使ったんだよ」 さして都古が興味のない情報を織り交ぜてくるあたり、二人で入浴したこと自体は都古に対して後ろめたさがないように思える。それが余計に都古を複雑な心境に陥らせた。 けれどそのまま湧き上がってくる感情を口にすると葵を傷付けてしまうことになりかねない。都古は口を噤むと、芝生に転がっていて体を起こし、葵へと手を差し伸べた。 「もう戻るの?平気?」 都古の手を取りながらも、もうしばらくここで過ごすつもりだったらしい葵は困惑を口にしてくる。だが日中よりも幾分気温が下がってきた野外で熱のある葵を放っておくことは出来ない。 「まだ少し顔色悪いよ」 「俺は平気」 嫌な記憶を遡らせたせいでまだ気分が優れないのは否めないが、発熱している葵に心配されるほどやわではない。 「一緒に寝たら、治る」 「風邪、伝染っちゃうかもよ?」 「平気」 寮に戻る前にもう一度葵に甘えるように抱きつけば、葵からも名残を惜しむように腕が回ってくる。そのままごく自然に都古が葵の頬に口づけようと身をかがめた時だった。 視界の端できらりと何かが光ったことに気が付き、すぐに都古は動きを止めた。 「どうしたの?」 「……何でも、ない」 何も気が付いていない風の葵相手には誤魔化したが、光の正体を見極めるべく、その方角へと視線を投げた。すると灯りが点いていない窓が並ぶ校舎で一つだけ、窓が薄く開いている箇所を見つけた。さっきの光は恐らくあの場所からで間違いがないだろう。 とはいえ、教室の配置になどさして興味のない都古がその場所がどこなのか特定することは出来ない。唯一分かるのは、あの光がカメラのレンズによるものだろうことと、その被写体が自分と葵だったこと。 「帰ろ、アオ」 芝生から大事そうにぬいぐるみを抱え上げた葵の手を取って促せば、ただ無邪気な笑顔が返ってきた。 「……やな感じ」 幸樹から与えられた忠告も相まって、自分達を取り巻く環境が大きく変わろうとしている嫌な予感がしてしまう。思わず口をついて出てきた呟きに葵が不思議そうな目を向けてきたが、都古はそれには応えず、ただ寮へと戻る歩調を早めたのだった。

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