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act.5三日月サプリ<134>
* * * * * *
都古を追って葵が寮を出てしまえば、この場に残る理由がなくなってしまう。自然と皆が自室に戻るためにエレベーターへと向かう中、奈央は一人荷物を抱えてエントランスのソファに腰を下ろした京介の姿が気になって足を止めた。
「部屋、戻らないの?」
余計なお世話かとは思いつつも、都古が珍しく声を荒げて出ていった姿を見てしまえば、彼らの動向を放っておくことは出来なかった。京介は声を掛けられて驚いた様子は見せたが、荷物をソファから退かせて奈央が座れるスペースを作ってくれる。分かりにくいが、彼はやはり優しいとこんな時に気付かされる。
「どっちの部屋戻りゃいいかなって」
「……あぁそうだね。悩む、よね」
京介の並びに座りながら奈央は曖昧な相槌を返すことしか出来なかった。
寮は二人一部屋が原則。京介の同室者は都古だった。だが京介も都古も、葵の部屋に入り浸っていることは奈央も知っている。自室か葵の部屋か。そのどちらに戻っても都古と鉢合わせる可能性があるから気まずいのだろう。
「都古は多分葵の部屋行きたがるだろうけど、俺もこれ、届けなきゃなんねぇし」
これ、と言って京介が指差したのはソファから下ろしたばかりの荷物だった。葵が都古を追いかける際に自分の鞄を京介に預けて行ってしまったのだ。
「つーか、あいつらがちゃんと帰ってくんのかも分かんねぇから」
京介がどこへも移動せずこの場に留まることを選んだ本音がこれなのだろう。エントランスの外を見やりながら溜息を溢す彼がどれだけ葵を、そして都古を気遣っているのかが奈央にも痛いほど伝わってくる。
「こんなこと言われたら嫌かもしれないけど、やっぱり西名くんって冬耶さんと似てるとこあるよね」
「……それ、すげー嫌」
「だよね、ごめん」
奈央の言葉に、京介は本当に嫌そうに顔をしかめてみせたが、彼なりに兄を慕っていることも知っている。その証拠に、謝る奈央に対して笑みを返してきた。
「高山さん、よく兄貴に付き合えるよな。俺、兄弟じゃなかったら近づかないタイプ」
手持ち無沙汰なのか、火のついていない煙草を手の中で弄びながら、京介がそんなことを口にした。冬耶を憎く思っての発言というよりは、弟から見てもそれだけ冬耶が特殊な存在だと言いたいのだろう。
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