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act.5三日月サプリ<138>

「えーっと……なんかごめんね」 三人の諍いに図らずとも同席してしまった奈央はひとまずそんな風に詫びることしか出来ない。でも葵は軽く首を横に振って奈央を見上げてきた。 「変な所見せちゃってすみません。明日には仲直り出来るんで大丈夫です。ね、みゃーちゃん」 葵は奈央相手に強がってみせるが、肝心の都古は素知らぬ顔をしたまま葵を抱きしめるだけ。奈央のことを見向きもしない。 「風邪、すぐ治せばいいんでしょ?みゃーちゃんも京ちゃんも心配しすぎだよ」 都古や京介がなぜ怒っているのか正確に理解していない葵の様子に、さすがに盲目の都古も少し呆れたようだ。溜息をついて、もどかしげに葵を背後から抱きしめる腕に力を強めている。 「あ、奈央さん。一緒に夜ご飯食べませんか?」 葵がさも良いアイディアが浮かんだとばかりに提案してくるが、とてもじゃないが葵を独占したくて堪らない様子の都古を前にして乗ることは奈央には出来なかった。 「せっかくだけど、まだ連休中の課題が少し残ってるんだ」 「……そう、ですか。残念です」 何事もきっちりとしたがる奈央は連休前半にはとっくに課題を終えていた。でも葵を過度に傷付けずに誘いを断るにはこのぐらいの嘘は許してほしい。葵はまだ少し名残惜しそうな素振りは見せてくれたが、帰りたがる都古を連れて部屋に戻ることを選んでくれた。 “また生徒会で” 手を振りながらそう言い残した葵を見送った奈央は、まだこの場を離れる気にはなれなくて、もう一度背もたれのない柔らかなソファへと腰を下ろした。 一人になって反芻するのは、今日の出来事だ。葵が初めて自ら西名家で暮らしていることを打ち明けてくれた。この先きっと今日という日が大切な節目になるに違いない。 けれど、もし京介と都古の仲違いが長引いてしまえば、葵にとって結果的に嫌な記憶の残る日になってしまう可能性がある。それが奈央には堪らなく辛かった。 自分にもう少し力があれば彼らの仲介をしてやれたのではないか。もし冬耶がこの場に居たらどうおさめていただろうか。意味をなさない仮定が頭に浮かんでは後悔が増す。 時折、夕食のために食堂へと向かう生徒がエントランスを抜けていくが、一人佇む奈央に遠慮がちに視線を投げかけてはくるものの声まで掛けてくるような者はいない。親しみやすい性格と認知されているとはいえ、やはり生徒会の人間は一般生徒からすれば壁を感じるのだろう。 だから気軽に声を掛けて来れる生徒は、ごくわずか。

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