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act.5三日月サプリ<140>

* * * * * * 黒く艶のあるキャビネットの上は、大切な物を並べるスペースと決まっていた。部屋に戻った爽は腕からブレスレットを外すと真っ先にその場所へ並べてみせる。それはもちろん葵とお揃いで買ったものだ。ブレスレットの横には入学式に葵の手で胸につけてもらった造花のコサージュが埃一つ付かずに佇んでいる。 好きなバンドのCDやグッズと並べるには少し違和感はあるが、葵との思い出が目に見えて増えていくのは何より幸せだった。 もう一つ、爽が鞄から取り出したのは葵が誕生日パーティの際手渡してくれた手紙だった。恥ずかしいから目の前で読まないでほしいと言われ、結局まだ目を通せていない。 都古を追って出て行ってしまった葵ときちんとお別れが出来なかったのは寂しいが、この手紙を早く開けたくて聖と二人、足早に帰ってきたのだ。きっと今頃聖も自室で爽と同じ行動をとっているに違いない。 部屋着に着替えもせずベッドに寝そべった爽は、青色の小ぶりな封筒の口を閉じる星型のシールを丁寧に剥がしていく。中には封筒よりももう一段階薄い空の色をしたメッセージカードが入っていた。 “爽くん、お誕生日おめでとう” そんな冒頭から始まったカードには、爽と出会えてよかったと、素直な言葉で綴られていた。それほど長い文面ではなかったが、一文字一文字、ゆっくりと書き上げてくれたのだと分かる筆跡だけで胸が熱くなってしまう。 カードの最後は、“今度ギターを聴かせて欲しい”と締めくくられていた。葵にギターのことを告げた覚えはなかったが、吹き込んだ犯人は想像がつく。聖しかいない。 「練習しないと」 まだ好きな相手に聴かせられるような自信はない。けれど、葵に望まれるならカッコイイところを見せて応えたいとも思う。 単純で恥ずかしいが、この空間には爽一人しか居ないのだ。思い立ったらすぐに実行すべく、爽はキャビネットの横のスタンドに立てかけたギターを取り上げた。 「葵先輩ってそもそも音楽聴くのかな」 今日見せてもらった葵の部屋には音楽を聴くようなものは置かれていなかったし、プレイヤーを持ち歩いている素振りもなかった。好みの音楽の話もしたことがない。 爽が好きなジャンルの音は葵には刺激が強すぎる気がしてしまうし、練習する楽曲に困ってしまう。最近流行ったJ-POPの曲のフレーズを軽く奏でてみるが、葵のイメージには合わない気がした。そもそも何事にも疎い葵のことだ。曲自体を知らない可能性が高い。

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