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act.5三日月サプリ<143>

部屋の造りは爽の部屋と同じだが、雰囲気は大分違って見える。黒で統一されている爽の部屋とは違い、聖が白いものを集めがちなせいだろう。ただ根本的に好みは似通っているため、同じ物の色違いを選んでしまうことが多い。 唯一はっきりと違うのは、爽の部屋ではきちんと磨かれて主役のような扱いを受けているギターが、聖の部屋ではケースに入り隅に追いやられていること。元々撮影の小道具として使用したギターを二人揃いで譲り受けたものだが、聖が撮影以降いじっているのを見たことがない。 「もったいないなぁ」 それなりに良いものを貰ったというのに、インテリアにすらしないなんて爽には理解できない。 せめてケースの上にうっすらと溜まった埃ぐらいは払ってやろうと近付いた爽は、傍に置かれたゴミ箱の中に大判の封筒が突っ込まれていることに気が付いた。思わずそれを手に取ると、ずっしりと重たい。 「……何これ、母さんからじゃん」 中に入っていた紙の束の表紙には母が直筆で書いたと思しき付箋が貼られている。”聖、爽、お誕生日おめでとう”、そんなメッセージから始まってはいるものの、次の文章がそれを台無しにしていた。 “十六歳になったんだからもう少し仕事の幅を広げなさい” どう贔屓目に見たとしてもこれは母親からの誕生日祝いではなく、モデルを擁する社長としての命令だ。その言葉通り、共に贈られているのは聖と爽を起用したいという企業からのCM企画書や、ドラマや舞台のオーディションの資料。 母が自分のブランドのモデルとしてだけでなく、今後あらゆるジャンルで活躍する存在になってほしいと願っていることは知っていた。そうすればよりブランドの広告塔としての価値があがるからだ。 母なりに聖と爽を可愛がってくれているのは理解しているが、彼女の愛情表現が仕事を介してのみというところが問題だろう。 「母さんともちゃんと話さないとなぁ」 始めたばかりのギターに時間を割きたい爽も、そして生徒会活動を全力で手伝う気でいる聖も、母親の期待に応えるだけの時間はない。とはいえ、仕事自体が嫌いなわけでもないし、母と過ごせる唯一の機会を捨てられるほど大人にはなりきれない。 「……にしても、例年以上にひどいプレゼント。そりゃ聖も怒るわ」 誕生日を忘れられないだけマシかもしれないが、付箋一枚に走り書きでおまけのように綴られた祝いの言葉はちっとも心を弾ませてはくれない。 爽は自嘲気味に笑うと、手にしたものをもう一度ゴミ箱へと放り投げた。

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