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act.5三日月サプリ<149>*

「上手く出来ない。どうしてだろう」 「練習しよ」 痕を指でなぞりながらぼやいた声はしっかりと都古に届いてしまっていた。指先を掴まれて導かれた場所は浴衣の襟元。でも自ら肌蹴けさせることはせず、それすら葵にさせようとしてくる。 “アオ” 葵の手が止まるたびにやんわりと掛けられる声に熱がこもっているのは葵の勘違いではないだろう。その証拠に時折葵の肌をくすぐってくる指先がいつもよりも温かい。 都古の上に乗って、彼の肌に触れる。その行為自体にはちっとも慣れそうにないが、口付ければ口付けるほど都古が嬉しそうに目を細めることも、唇から彼の鼓動を感じることも、互いの体温を分け合うように抱き合い続けることも。その全てが胸にじんわりと幸福を広がらせていく。 “好きだから触れたい” この言葉がもう一度葵の胸に宿る。難しいと思った言葉のはずが、こうして体験していく内に実感が湧いてくる。 「みゃーちゃん。ドキドキして、苦しい」 都古の胸にいくつも桜色の痕を浮かばせたのは葵だ。けれど、葵は都古よりもずっと自分の頬が赤い自信があった。鼓動の速さも負けないだろう。 「アオ、泣いてる。休憩、する?」 頬を伝う涙を拭ってくれる都古が口にするのはあくまで終了ではなく、休憩。まだ解放してくれる気はないようだ。それでも震えるほど熱くなった体を鎮めるには都古の案に乗るしかない。 都古は頷いた葵を再び寝かしつけてくれるが、彼自身はベッドを降りてしまう。サイドテーブルに乗せたルームキーと財布だけを袂に仕舞う都古の目的は”食堂”らしい。 京介がいない分しっかりしようと振る舞おうとしたのは、葵だけでなく都古もやはり同じのようだった。 「一緒に行くよ」 「ダメ。寝てて」 都古が一人でお使いに行けるのかも心配だし、何より一人部屋に残るのは心細い。葵は慌てて起き上がろうとするが、それはしっかりと押しとどめられてしまった。甘くて深いキスのおまけ付きで。 ただでさえ高ぶった体を持て余している葵に、そのキスはダメ押しだった。 「帰ったら、続きね」 まるで葵が我儘を言ったかのように宥め、そして出て行ってしまった都古は葵の知っている可愛い猫ではない。 「……なんか、恥ずかしい」 さっきまでベッドの中で繰り広げていた行為を思い出し、葵は布団の中で体を丸まらせた。 葵自身はパジャマを全く乱されていないし、どちらかと言えば脱がせた側だ。それなのに、一方的に触れられるのとは違ういたたまれなさがある。体からではなく心からとろとろと溶かされてしまった気もする。 自分の肩を抱きしめるだけでまだ、体がぞくりと跳ねてしまうのだ。もし”続き”があるとしたらどうなってしまうのだろう。 早く帰ってきてほしい。でも今帰ってきてしまっては困る。 そんな葛藤を胸に、葵はひたすら熱が冷めることを祈って固く目を瞑った。

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