666 / 1393

act.5三日月サプリ<151>

「ちゅーか、藤沢ちゃんってちゃんと理解出来てるん?あんなお子様じゃ訳分かってないんちゃう?」 幸樹のように酒を飲む気にも、箸を進める気にもならず、ただ煙草を吹かし続けていた京介に、幸樹は質問を重ねてきた。 幸樹が訝しむ通り、葵は都古が家庭内で手篭めにされていた事実を理解していない。だがそれは葵がお子様過ぎたからというよりは、周囲が徹底して葵の耳に入れないようにしてやったからだろう。 「あいつが葵にだけは知られたくないって」 騒がしい店内では目の前の幸樹と会話するのですら声を張らなくてはならない。それでも京介はこんな場所で都古の気持ちを代弁するのは気が引けて、つい声のトーンが落ちてしまう。 そして当時のことを振り返れば気持ちまで沈んでいくのは止められなかった。 都古の様子がおかしい。それを一番に察したのは葵だった。都古を元気づけるにはどうしたらいいのかと、京介も相談を受けた覚えがある。京介は葵の考え過ぎだと真剣に取り合わなかったものの、兄は違った。 冬耶は遥と共に都古がひた隠しにしていた秘密を暴き、そして彼を半ば強引に寮へと引っ張り出して救ったのだ。家から寮へと荷物を移動させるために京介も力になったが、葵をその場に呼ぶことはしなかった。 “アオに、言わないで” 乱れた浴衣をそのままに青白い顔をして懇願してくる都古の姿はあまりにも悲痛で、さすがに京介でも思い出すたびに苦い気持ちになる。 「なんか似てんだよな、葵と都古」 「似てる?」 「うまく言えねぇけど」 見た目は随分と異なるが、深い部分に闇を抱えていることが共通項かもしれない。そのせいで他人に心を開くことが不得手なのも同じ。 「あぁ、せやからあの子、藤沢ちゃんの周りに対して警戒心尋常じゃないんちゃう?」 「あ?どういうこと?」 手の中で枝豆の殻を遊ばせ始めた幸樹がさらりと言ってのけた言葉が引っかかる。 「自分の代わりっちゅーか。藤沢ちゃんには同じ思いさせたくないんちゃうの?」 幸樹の口調は相変わらず軽いものだが、なぜかしっくりと京介の胸に収まった。葵に近づく者を排除しようと躍起になったり、触れられれば嫌悪を露わにしたりする。未だに始業式の櫻の行いにも強い怒りを拭い去っていない。嫉妬だけでは言い切れない都古の過剰な行動に納得がいく。 目の前の彼はへらへらとしていながらも、たまにこうして核心をついてくるから侮れない。

ともだちにシェアしよう!