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act.5三日月サプリ<154>

「自分のこと分かってくれる、なんて甘えてる証拠やん」 「甘えてるんじゃねぇよ。ちっこい頃からずっと一緒に居るんだから分かって当たり前だろ」 「藤沢ちゃんに告白もせずに手出してんのも、許してくれるって分かってるからやん?甘えちゃうの?」 「……幸樹のくせに理詰めで喋んな」 幸樹はふざけているかと思えば、人一倍観察眼が鋭い。京介は痛い所を突いてくる彼の視線から逃れるようにテーブルに顔を伏せた。しばらく放置していたせいで、ジョッキから滴り落ちて溜まっていた水滴が頬を濡らして不愉快だが、幸樹に情けない顔を晒すよりはよっぽどマシだ。 引き際もよく知っている幸樹はそれ以上京介を追い立てずに、食事を再開させたらしい。気配で分かる。そういう所が長く友人関係を築ける要素なのだろう。 「まぁ若葉のこともあるし、奈央ちゃんも心配やし、藤沢ちゃんと約束もしてるし。そろそろ戻るから、待っといてな」 「……誰が待つかよ」 連休最後の夜を楽しむ隣席グループのせいで互いの声はやはりかき消されがちだ。特に顔を伏せながらの京介からの返答は、幸樹の耳まできちんと届かなかったのかもしれない。 「藤沢ちゃんってどういう所好きなん?ベタに遊園地とか?あぁ、でも絶叫系は苦手そうやな」 ブーケと共に葵へ贈ったメッセージカードの通り、幸樹は葵をデートに誘い出すつもりらしい。次は葵をどこへ連れて行ったらいいか悩み始めたのだ。京介相手にそんな話をするなんて彼は本当にいい度胸をしている。 でも彼がわざわざ京介に告げてくるのは、ずっと片想いを続けている友人への配慮なのだろうし、何より二度と地雷を踏みたくないという葵への想い故だと考えれば怒る気にもなれない。 それに葵がカウンセリングを受けて湖での記憶を取り戻して尚、幸樹に会いたがっていることを伝えて彼がどれだけ安心したかもこの様子を見れば明らかだ。 「二人では行かせねぇよ」 「それじゃデートちゃうやん」 止めなければ延々と語りだしそうな幸樹の妄想に口を挟むものの、京介自身もようやくあの夜に決着がつきそうで安堵するのは否めない。 明日から再開する学園生活。幸樹が戻ってきて、自分と都古が今日のことなど無かったかのように振る舞えば、それで元通り。葵にとって最良の環境を整えてやることが出来る。 不安要素は学園外、藤沢家のことだけ。 この時の京介は確かにそう信じていた。

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