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act.5三日月サプリ<155>

* * * * * * 部屋へと戻る道すがら、窓の外がすっかり暗くなっていることに気が付き都古はふと足を止めた。鏡のようになった窓にはしっかりと自分の半身が映る。 乱れたままの浴衣から覗く肌にはぽつぽつと、薄い痕が浮かんでいるのが見えた。葵が泣くほど恥じらいながらも付けてくれた痕。名称も意味も理解していないのだから、”初めて”を貰えたはずだ。それだけで嬉しくてたまらない。 都古自身は経験として、体にこうした痕を刻まれた過去はある。その時の都古は自分の肌を毟るほどの嫌悪感で一杯だった。だからだろう。共に入浴した際、鬱血痕を全身に浮かべた葵を目の当たりにした時に感じたのは嫉妬だけではなかった。 葵が汚された。そんな絶望にも似た感情で我を忘れかけそうにもなった。だが、どう悔しがっても葵の痕は薄れるまで待つしかない。だからその代わりにと、葵に”塗り潰す”行為をねだり、都古自身の体を差し出したくなった。 そこまで考えた都古に、後ろから知った声が掛かった。 「カラス」 皆、都古のことを好き勝手呼んで来るが、こう呼ぶのは一人しかいない。無視するという選択肢もあったが、無理やり葵の部屋まで着いてこられても困る。渋々振り返ると、やはりそこには先刻別れたはずの会長、忍がいた。 一度は部屋に戻り着替えたのだろう。ただでさえ大人びている彼が、丈の長いガウンを羽織っていると余計に高校生には見えなくなる。 「葵は?部屋か?」 忍の目的はやはり葵のようだ。そうでなければ、普段は生徒会役員のみが生活するフロアから出ない彼が、一般の、それも二年生のフロアを歩くわけがない。 「……何の用?」 「そう嫌な顔をするな。本当なら葵に一目会いたかったが、まぁいい」 都古の様子を見て案外あっさりと忍は引いてみせる。残念そうな素振りはなく、どことなく安堵して見えるのは何故だろうか。訝しんだ都古に、忍は手にしていた小包を差し出してきた。真白い包みは宛名や差出人、中身を指し示すようなヒントなど何もない。 得体の知れないものを受け取るのは気が進まない。そんな都古の気持ちを察したのか、忍はその包みの説明を加えてきた。 「葵宛だ。どうやら荷物を仕分けた奴が新人だったらしい。葵が役員だという知識はあっても、一般生徒のフロアで生活していることは知らずに誤ってこちらに寄越してきた」 あまり彼と会話を重ねたことはないが、どこか回りくどい言い方をする節は感じていた。今もそうだ。 寮宛の荷物を管理するスタッフの手違いであれば、そのスタッフに責任を取らせるのが筋だろう。これをきっかけに葵に会いたいという単純な理由ならば、きっと都古が嫌がっても部屋まで押しかける気もする。そうしないことには何か理由があるはずだ。 都古が引き続き無言の拒絶を貫いていれば、ようやく観念したのか忍がこの不可思議な来訪の訳を白状してきた。

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