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act.5三日月サプリ<157>

忍とは明日会う約束も予定もないが、学園生活が再開すれば確かに葵を介して当たり前のように顔を合わせるだろう。けれど、都古相手にそう声を掛けてくるなんて思いもしなかった。 少なくとも初めて顔を合わせた頃は、忍は都古に対して随分と敵対心を露わにしてきていたはずだ。忍の相方のようにいつも傍にいる櫻もそう。聖や爽も同じくだ。だがいつのまにか彼らは都古を見つければ声を掛けてくるようになった。 変わっていないのは都古だけだ。 漠然とした不安が込み上げてきた都古が部屋に飛び込めば、葵は寝室ではなく、リビングスペースのソファで都古の帰りを待っていた。 「おかえり、みゃーちゃん」 寝ていてと頼んだはずなのだが、こうして腕を広げて一番に迎え入れてもらえることに喜びを感じてしまう。迷わずにその腕に飛び込めば、小さな体ながらしっかりと都古を抱きとめてくれた。 葵と触れ合っていると、寂しさも、不安もじんわりと溶け出していく。その感覚は心地良い以外の何物でもない。そのまま葵の膝にごろりと横になれば、柔らかな笑い声が降ってきた。 「いっぱい買ってきてくれたんだね。お粥とおにぎりと……あ、ゼリーもある」 都古を膝に寝かせたまま、葵は都古が差し出した袋の中身をテーブルに並べていく。葵の欲しいものが分からなくてつい沢山買い込んでしまったのだ。 「これも?買ってきたの?」 葵が次に手を伸ばしたのは、忍から受け取った包みのほうだった。 「アオ宛の、届け物だって」 葵が驚き、喜ぶ顔が見たくて”遥から”という事実は伏せて告げると、葵は包みを開けようとした手をぴたりと止めてしまった。見上げれば葵は先程とは打って変わってどこか怯えたような顔つきをしている。 「アオ?どうか、した?」 「……これは、後で開けるね」 「なんで?」 小包をテーブルの隅に追いやってしまった葵の態度は明らかに不自然だ。どこか心当たりがあるような素振りだが、差出人が遥だと勘付いているならこんな表情には絶対にならない。何か別の相手を想像しているように見える。 そこで都古は冬耶から教えられたことを思い出した。 “あーちゃん本人にも藤沢側の人間が接触している” “傷つけるようなやり方で” そのせいで葵は西名家に帰ることを怖がりさえしたという。今葵が怯えている原因が見えてきた気がした。 「アオ、大丈夫。それ、遥さんから」 葵を無闇に怯えさせる趣味はない。都古は早々にネタバラシをしてみせた。 葵は最初事態が飲み込めないと言わんばかりに目を丸くしていた。だがなぜ宛名や差出人が書かれた外装が無いのかの理由も、忍から聞いた通りに都古が説明してやれば次第に表情が解れていくのがわかる。

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