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act.5三日月サプリ<160>
「これも宮岡先生に聞いたら思い出せるかな」
「宮岡?」
「色んなことを思い出すお手伝いをしてくれる先生。これも先生に貰ったんだ」
都古が京介との揉め事の発端になった人物のことを教える葵の口調は柔らかい。きっと京介はなぜ都古を怒らせたかまでは話さなかったのだろう。
「みゃーちゃん、あのね」
葵は金平糖を手にしたまま、身を捩って都古にギュッと抱きついてきた。都古に甘えるというよりも、都古を包むような仕草に思わずどきりとさせられる。
「これから沢山宮岡先生とおしゃべりして、思い出すんだ。忘れちゃってたこと全部。そうしたらきっと強くなれると思うから」
一つ一つの言葉を大切に紡ぐ葵の声からは、いつもの幼さは感じられない。それでも都古の耳には甘く響く。
「だから安心してね。みゃーちゃんがいつでも甘えん坊になれるように頑張る」
都古よりもずっと小柄な葵が宣言するにはおかしな台詞だ。それでも葵は大真面目で、泣きたくなるほど都古を幸せにさせる。
自分の身に降り掛かったことから逃げ出し、向き合うことを恐れる都古を葵はそのまま受け止めようとしてくれるのだ。変わらない、変われないことを咎めもしない。
出会った時からそうだった。知らない人ばかりの高等部に入学し戸惑う都古に葵は手を差し伸べてくれた。
後から聞けば、葵自身もようやく学園生活に馴染め始めた頃で相当の人見知りだったようだが、自分以上に壁を作る都古を放っておけなかったのだという。確かに声を掛けた側の葵は顔を真っ赤にするほど緊張していて、だから都古も自然に笑顔になれたのだ。
きっとその瞬間から恋に落ちていた。
陽だまりのような彼の傍で猫のようにずっと丸くなっていたい。そんな馬鹿げた願望も葵は叶えてくれる。
今の都古が葵のために出来ることはなんだろうか。考え始めると、今すぐに出来ることが一つ浮かんだ。
「……京介、許す」
京介に“謝る”とまでは宣言出来ない。けれど葵は都古の最大限の譲歩だと理解しきっているようだった。褒めるように都古の髪を撫でてくれる。
「明日京ちゃんのお迎えに行こうか。朝一番に起こそう」
「うん」
いつも葵と都古を起こすのは京介の役目だ。けれど明日は一人で眠る彼を起こしに行く。きっと驚くだろう。でもぶっきらぼうに”おはよう”という姿が目に浮かぶ。
それで元通り。また三人で過ごす時間が続いていくはず。
京介も都古も、お互い葵を譲る気などないのだからいつかは終わる関係だ。それでもまだ時期ではない。
「アオ、大好き」
都古からも葵をきつく抱き締め返し、彼が理解できる精一杯の愛を紡ぐ。明日からは葵を独占出来る機会など滅多に手に入らないだろう。
────アオを宝箱に仕舞えたらいいのに。
テーブルの上に置かれた葵の宝箱を見ていると、思わず都古まで空想めいたことを考えてしまった。
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