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act.5三日月サプリ<161>

* * * * * * いくら大企業といえど、日付が変わろうとする時刻ではオフィスビルの灯りはすっかり落ちている。だが穂高がこんな時間に現れることは特段珍しいことではない。車から降りた穂高の姿を見て、警備員は軽く会釈をし、そしてすぐに裏口の扉を解錠してくれた。 本来なら今夜は馨を自宅まで送り届け、そのまま穂高も帰路につく予定だった。だが、昼間宮岡から聞いた話が一日中胸に残り、どうにも眠れそうになかったのだ。 椿の母親、美鈴の存在。彼女がどういう経緯で馨と離れることになったのか穂高には分からないが、それでも彼女の私物を手元に置いておくぐらいには馨にとって大切な相手だったのだろう。 彼女について、そしてその息子である椿についてもう少し知ることが出来れば今の状況を変えることが出来るかもしれない。穂高はそうも感じ始めていた。 だが、目的の階に到着した瞬間、穂高は自身の計画が失敗したことをすぐに悟った。主が居ないはずの部屋に先客が居たのだ。 全て真白い調度品で整えられたフロアの真ん中には、同じく真っ白なソファセットが置かれている。それが汚れるのも厭わず、その男は靴を履いたまま長い足を投げ出してソファに寝そべっていた。テーブル上のランプだけがぼんやりと彼の手元を照らしている。 「あれ、何してるの、こんな時間に」 「……それはこちらの台詞です」 椿の行儀の悪さを指摘する前に、そもそも彼が勝手にこの場所を訪れていることを穂高は咎めたい。しかし穂高がいくら強い視線を向けても彼は呑気に手元に置いたフォトアルバムをめくり続けている。 「あのキャビネットには鍵が掛かっていたはずですが」 椿が手にしているものだけではない。既に見終えたのか机の上に山積みになっているアルバムは全てガラス製のキャビネットに大切に仕舞われていたはずだ。そしてその鍵は馨と穂高だけが所持していたはず。 「馨に借りた。葵の写真が見たいって言ったら普通に渡してくれたよ」 主人が許可しているのなら穂高が口を出す権利はない。だがどうにもこの男の言動は疑わしい。馨に瓜二つの容姿が余計に警戒心を煽るのだろう。 「それは本当ですか?」 「俺が鍵盗んだって言いたいの?まぁ手癖が悪いことは否定しないけど」 クスクスと笑いながらはぐらかす、その仕草すら父親によく似ている。椿はようやくアルバムから顔を上げ、穂高を真っ直ぐに見据えてきた。

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