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act.5三日月サプリ<164>

だが穂高の中で一つ疑問が生じる。施設で初めて出会ったはずの葵をなぜ椿は弟だと認識出来たのだろうか。 顔立ちは確かに似たものを感じるが名字は違うし、何より婚外子である椿の存在は藤沢家の中ではタブーになっていた。穂高ですら椿が現れるまで知らされていなかったぐらいだ。葵自身が椿のことを”兄”だと知っていた可能性は限りなく低い。となると、椿が母親から葵の存在を教えられていたと考えるのが自然だろう。 藤沢家の都合に振り回されてなどいなければ、もしかしたら彼ら兄弟は本当に親しい関係で居られたのかもしれない。そう思うと、目の前の彼が哀れにも見えてくる。だが、穂高は彼を激高させると分かりながらも彼に言い聞かせておきたいことがあった。 「西名さん達を恨むのは筋違いですよ」 彼等は悪意を持って椿と葵を引き離したわけではない。それだけはどうか理解してほしい。だが椿が穂高の忠告を素直に聞くわけもなかった。 「葵を金蔓にしてる奴らを野放しにしておけって?」 「ですからそれは誤解だと……」 案の定金の話を持ち出してきた椿だが、穂高がきちんと説明してやるのも聞かず気分を害したと言わんばかりにエレベーターへと向かってしまった。人の話を聞こうとしない所も父親譲りのようだ。 馨や西名家に対して、そして穂高に対しても敵意を剥き出しにする椿の存在は厄介だ。最終的に彼が何を目的とするのかが見えない所も恐ろしい。 藤沢家に入り込み、馨の息子として振る舞いながらもその実、馨に従う気がないのは明らかだ。馨がそれを見越して面白がっているのも事態をより一層面倒にさせている。 葵が穏やかに過ごせる環境を作ってやりたいだけなのに、どうしてもこうも上手く行かないのだろう。静まり返った部屋に一人佇みながら、穂高は重い溜息を零す。いっそのこと全て投げ出して、葵を安全な場所に連れ去ってしまえたらどんなに楽か。そんな非現実的なことすら思い浮かべてしまう。 だがここで穂高が諦めるわけにはいかない。葵への償いを果たすまでは、いくら困難な道であろうと突き進むしか無かった。 今の穂高を奮い立たせるのは葵に対しての想いのみ。スーツの胸ポケットに仕舞ったハンカチが包むのは、宮岡を通して受け取った葵からの贈り物。月の色を模した金平糖は眺めるだけで穂高の心を癒やしてくれる栄養剤のような存在だ。 “どうかお坊ちゃまが今夜も良い夢を見ていますように” いくら空に輝く月に似ているとはいえ、砂糖菓子に願掛けをするなんて幼稚かもしれない。それでも幼い頃葵と二人過ごした夜を思い浮かべながら、穂高はもう一度、胸の中で切なる願いを繰り返した。

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