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act.5三日月サプリ<166>

「……あのー上野先輩」 彼がヘッドホンで音楽を楽しんでいるのは一目見てわかった。だから聖は申し訳程度に呼びかけながらも、随分と高い位置にある肩を軽く叩いてみる。 「ん?あぁ……ん?」 幸樹は呼びかけに素直に応じて漫画から顔を上げてくれたが、聖を見下ろして不思議そうな顔をしてみせた。よくよく考えれば葵や生徒会の役員達を通して幸樹と親しい気分でいたが果たして会話をしたことはあっただろうか。こうして二人きりで顔を合わせたことはまず間違いなく皆無である。 必死に目の前の聖の顔を凝視して記憶を呼び起こそうとしている先輩の姿を目の当たりにすると、軽率に話し掛けるべきではなかったと思わされた。 「ここまで、ここまで出てきてんねん。ヒント頂戴」 「別にクイズ出したつもりはないんですけど」 自身の喉元を指差してアピールする幸樹の様子は聖の情けなさを倍増させた。けれど、幸樹に悪気は全くなさそうだ。聖となんとか会話を続けようとする姿勢を見せてこられると咎める気にはなれない。 「絹川聖。一年。あなたの学校の後輩。ちなみに今日先輩が招待されたパーティの主役です」 「ああ!もうヒントって言うたやん。答えまで言わんといて」 自力で答えを導き出す前にあっさりと聖が種明かしをしてしまったのが気に食わなかったらしい。容赦なくペシンと頭を叩かれるが、同時に幸樹の表情がスッキリと晴れるのも感じる。 「双子ちゃんな。セットちゃうからピンと来なかったわ」 聖のプライドを見事に逆撫でる発言だが、これもまた悪気はないのだろう。 「……上野先輩って無神経って言われるでしょ」 「たまーにな。そういう君は生意気って言われるやろ」 「よく言われます」 嫌味の軽快な応酬は不思議と楽しい。幸樹もそれは同じらしく、今度はニカっと大きな口で笑いかけてきた。 「で、何してるん?」 「夜食買いに。先輩は?」 「京介と飲んで帰ってきたとこ。二次会しよー思ってんけど、京介に振られちゃって」 「へぇ、西名先輩と一緒だったんですね」 別れ際都古と何やら揉めていた様子の京介のことが気掛かりだったのだが、幸樹と飲み歩いていたのならそれなりに元気なのだろう。きっと都古のほうは葵がケアしているに違いない。 ────明日にはいつも通りになってるといいけど。 そうして人知れず三人の関係を慮る聖の気も知らず、幸樹はぐいっと力任せに聖の腕を引っ張ってきた。 「せや、ちょっと付き合え」 「は?え、何ですか」 「ええやんええやん。奢ったるから、誕生日プレゼント、な?」 無理やり連れて行かれた先は店内の奥に並んだアルコール飲料のコーナー。躊躇いなくそこから買い物かごにビールやらチューハイやらを片っ端から投げ込んでいくのだから恐ろしい。

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