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act.5三日月サプリ<167>

「ほら、好きなもん入れてええよ」 190を越える長身で筋骨逞しい彼に腕を捕らわれた状態で逃げ切れるわけもない。聖は抵抗するよりも、いっそのこと欲しいものを奢らせてしまったほうが賢いと判断した。 結局二人で山盛りにしたカゴをレジに運ぶことになり会計はとんでもない額になったのだが、ダメージジーンズのポケットから財布を出す幸樹はやはり楽しげなまま。大半の荷物も幸樹が進んで持ち運んでくれる。 学園の中で幸樹の噂は様々だ。チャラチャラとした遊び人と表現する者もいれば、冷酷な一匹狼だと恐れる者もいる。目の前の彼は前者のイメージに近いが、どこか本心が読めず掴みどころがない印象が先行する。 「今日どうやった?藤沢ちゃんが誕生日祝ってくれるなんて幸せもんやな」 学園への帰り道を並んで歩きながら幸樹は欠席した集まりの様子を尋ねてきた。 「そりゃまぁ幸せでしたけど。っていうか、上野先輩なんで顔出さなかったんですか?」 わざわざ葵宛のプレゼントを持って玄関までやってきたのならなぜあともう一歩、踏み込んでこなかったのか。聖には不思議で仕方なかった。 「俺達の誕生日会だったから、ですか?」 唯一思いつく理由はこれしかない。自分たちを除けば、幸樹にとっては親しい存在ばかりの集まりだったはず。よっぽど聖と爽に会いたくなかったのだろうかと邪推したくなってしまう。 だが、幸樹は聖の後ろ向きな発言を鼻で笑ってきた。 「それやったら今の状態おかしいやろ。嫌な相手と飲もうとするか?」 「まぁ、そうですけど」 幸樹の言うことはもっともだ。けれど、そうなると今度はこの不可思議な交流自体が聖の不安を取り除くための幸樹の配慮。そう考えるのはさすがに穿った見方過ぎるだろうか。 「んーちょっとなぁ、藤沢ちゃんへの禊中?」 「禊?なにやらかしたんですか」 「……あぁ、もしかして知らんの?知らんかったらそのまんまでええよ」 自然な流れでの質問だったはずが、幸樹に驚かれるのは予想外だった。幸樹のほうを見上げると、ぽつぽつと等間隔で並ぶ街灯に照らされた彼は苦い笑みを浮かべていた。だがあれだけ饒舌だった彼がそれ以上話を続けようとしない。 そういえば、と聖は幸樹以外の役員が交わしていた会話を思い出す。幸樹の分の穴を聖と爽が埋めてくれたら助かると、そう言っていた。察するに幸樹は暫く生徒会の活動にすら参加していないようだ。それは何故なのか。会話を重ねれば重ねるほど、一見単純に見える彼は謎が多い人物に思えてきた。 自然と訪れた沈黙に身を任せているうちに、ようやく学園へと辿り着いた。だが正門脇にあるセキュリティパスの前で思わぬ足止めを食らうことになった。

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