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act.5三日月サプリ<169>

「こっちの目掻い潜ろうとして他の子のカード奪って使うかもしれんやん?そういう時の保険な」 「ふぅん」 非現実的な話に思えてしまい聖は気のない返事をしてしまう。どれだけの問題児かは知らないが、たかが一生徒のために自分の自由が制限された気がしてつまらない。 「ちょうどこのぐらいの時間によく通るから。一人でウロウロしたらあかんよ」 子供に言い聞かせるような忠告はまたもや聖の神経を逆撫でる。優しい人ではあるのだが、人への接し方は下手なのだろう。 「それにほら……ああいう奴も夜中に出くわしやすいから」 聖の素振りを気にも留めず幸樹は寮と校舎とを繋ぐ歩道の先を指差してみせた。そこでようやく聖も第三者の存在に気が付く。 向こうからやってきたのは生徒ではない。よれたジャケットを羽織り、ほとんど櫛を入れてなさそうなぼさぼさの髪の男性。直接授業を受けているわけではないが、存在は知っていた。生物の教科を担当する教師、一ノ瀬。 教師は不定期の持ち回りで寮監と共に寮と校舎の点検を行うことになっている。今日は一ノ瀬の当番だったのだろう。その証拠に手には懐中電灯が握られている。 「やばくないですか、これ」 生徒には無関心そうな教師とはいえ、こんな深夜に出歩いているどころか、酒を大量に詰め込んだ袋をぶら下げていたらさすがに注意されてしまうだろう。だが幸樹は怯むどころか堂々と一ノ瀬との距離を縮めていく。 「こんばんは、先生。大変やね、遅くまで」 あろうことか幸樹から話しかける始末。親しげに話しかける幸樹に、一ノ瀬のほうがビクビクと肩を震わせている。明らかに幸樹が優勢のようだ。 「またカメラ持ち歩いて。先生、本当に”写真”が好き、なんやね」 幸樹が指摘した通り、一ノ瀬は懐中電灯を持つのとは反対の手に小型のデジカメを握っていた。酒を手にする生徒が、単なるカメラを持つ教師に詰め寄る様は異様だ。空気がピリつく理由が聖には分からない。 「そのちっこいカメラだけやなくて、望遠のでっかいレンズついたカメラも持ってんの知ってんで。先生っていくつカメラ持ってるん?んで、いつも何撮ってんの?」 「……は、早く、部屋に戻りなさい」 暴かれたくない秘密に触れられたかのように、一ノ瀬は吃りながらそうとだけ告げると、身を翻して足早に校舎のほうへと去って行ってしまった。一体今のやりとりは何だったのか。探るように聖が幸樹へと視線を投げかければ、彼はさっきまでとは違いひどく冷たい色を瞳に浮かべていた。

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