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act.5三日月サプリ<171>

幸樹はまるで嵐のような人物だった。聖がせっかく手に入れた夜食まで持ち去ってしまうあたり、やはりとてつもなく無神経でもある。でも、と聖は彼との会話を振り返った。 彼はもしかしたら誰の目にも留まらない場所で人知れず気を配り続けているのかもしれない。だが、聖の抱く正義と彼のそれとは向きが少し違うように感じた。 “葵を守るために役員になる” 単に葵と過ごす時間を増やしたくて生徒会への加入を望んでいたはずだったが、そうではなく、葵を守るために力を付けたい。誰よりも傍で彼を支えたい。その理由が聖の胸にしっくりと収まった。 爽が先に自分の望む進路を見つけ、置いてきぼりを食らってしまったと焦る気持ちも心なしか穏やかになっていく。 空に寝そべる月は、”三日月”よりも少しだけふっくらとしたフォルムをしていた。空腹の聖にとっては、満たされた様子の月が少しだけ憎らしく思える。このストレスをぶつけるのに打ってつけの相手は、今頃聖のベッドで熟睡する相棒しか思い当たらない。 聖が急ぎ足で部屋に帰るとやはり出掛けた時と変わらず爽が静かに寝息を立てていた。自分と何もかも瓜二つの存在。唯一様子が違うのは布団に投げ出された爽の指先が擦れたように赤らんでいることぐらいだ。 「本気でギタリストにでもなる気なのかね、爽は」 ベッド脇に腰を下ろした聖は爽の寝顔を見つめながらポツリと漏らした。 「どうすんの母さんのあれ」 ちらりと視線を外した先にあるのはゴミ箱に突っ込まれたままの母親からの贈り物。モデル業だけでなく俳優やタレント業までこなせるようになってほしいらしい。だが恐らく爽はそんな時間があるなら始めたばかりの趣味に没頭したいだろう。聖も同じ。生徒会の仕事を一日でも早く覚えたい。 だが山のように持ち込まれた新たなジャンルの仕事を全て断ってしまうと母親の雷が落ちるに違いない。最悪転校させられる恐れまである。 「……しょうがない、ここはお兄ちゃんが一肌脱いであげますか」 聖は携帯で母親のアドレスを呼び出すと、聖単体で受けられる仕事がないかを尋ねる文章を作り送信ボタンを押した。まだ母は仕事中だったらしい。ほんの数分で返事が戻ってくる。 "聖一人では価値がない" そんなことを言われる可能性も考慮していたが、母の反応は思ったよりも上々だった。早速新たな仕事内容を送ってくるあたり、元々オファー自体はあったのだろう。 "爽と一緒じゃないと働かないかと思ったわ" 母親はそんな言葉も添えてくる。どうやら彼女の中で聖はまだ幼い頃のままの印象らしい。確かに単体でカメラを向けられるのが嫌で絶対に爽と並びでないと嫌だと駄々をこねた記憶は残っている。 「何年前の話だよ」 母が二人セットでの仕事しか提案してこなかった理由が、そんな子供時代の我儘によるものだったとは。悩んでいたのが馬鹿らしい。 爽もきっと同じ悩みを抱えていたはず。彼が起きたら教えてあげようか。それとももう少し一人悶々と悩む彼を見守ってみようか。 聖はまた勝手に爽の隣に寝そべりながら、これからの自分達の未来が少しずつ変わっていく予感に想いを馳せた。

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