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act.6影踏スクランブル<3>
結局生徒会室に最後まで残ったのは忍と奈央だけだ。葵はせっかくだからと二人に声を掛けようとするが、ブレザーを羽織りだした奈央まで難しい顔をし始めた。どこかから連絡が入ったらしい。携帯を見下ろし、そして葵へと手を合わせてきた。
「ごめん、僕宛に来客みたい。迷ってるらしいからちょっと迎えに行ってくる。申し訳ないけど葵くん、片付けと戸締まりお願いしてもいいかな?」
「それはもちろん大丈夫ですけど……」
片付けといっても聖と爽は机に広げていた資料をしっかりと棚に仕舞ってから出て行ってくれた。残っているのは櫻がそのまま置いていったティーカップぐらいだ。大した手間ではないし、元々葵自身の仕事だと認識していたのだから何の問題もない。気に掛かるのは奈央の顔色が急激に悪くなったこと。
「客?珍しいな。あぁ、例の女か?」
忍は何やら心当たりがあるらしい。問われた奈央ははっきりとは答えず、はぐらかすようにもう一度だけ葵を気遣う言葉を掛け、背を向けてしまった。
「奈央さん、大丈夫でしょうか」
あの表情には覚えがあった。奈央をプラネタリウムに連れて行こうと決めたのも、ああして苦しそうにしている彼を元気づけたいと思ったからだ。
葵が隅にある簡易的なキッチンでカップを洗い終えるのを忍は待っていてくれる。忍に置いて行かれたら、さすがに夕焼けの差し込む生徒会室に一人で残るのは心細かった。
「本当に困ったことがあったら言ってくるだろう」
「……そう、でしょうか?」
机に凭れ掛かり腕組みをする忍はその体勢のおかげで自信があるように見受けられる。だが葵は奈央が周囲へと気軽に悩みを打ち明けられるような人には思えなかった。
「そういうお前はどうなんだ?何か不都合が生じたら誰に相談する?」
答えるのがなかなかに難しい問いだ。蛇口をひねって水を止め、濡れた手をハンカチで拭いながら葵は頭を悩ませた。
日常の些細なこと、例えば高い場所の物が取れない時には京介や都古を頼る。勉強に躓いた時は綾瀬や、生徒会の先輩達に尋ねている。でも忍が言いたいのはそういう類の話ではないだろう。
確かに葵には誰にも打ち明けられない悩みがある。歓迎会前に届いた葵宛の手紙、その送り主と思われる人物との接触は何も解決していない。学園に戻ってからはまだ一度も出会っていないが、神出鬼没な彼がいつ何処に現れるか内心ビクビクしているのは否めない。
それにもう一つ、気掛かりなことがあった。結局未だに幸樹が生徒会にやって来ないのだ。学園内で姿を見掛けたという生徒の話を耳にしたから、完全に消えてしまったわけではないようだが葵と顔を合わせてくれないのはまぎれもない事実。
誰かに幸樹のことを尋ねたいのだけれど、決定的な答えをもたらされるのが怖くて気にしていないフリを貫き続けていた。
「誰かに頼る時とそうでない時。その匙加減は自分が一番分かっているものだろう?」
「……はい」
忍の言うことは正しく、そして厳しい。むやみに奈央を心配しすぎるなと言うことなのだろうが、すんなりと受け入れられるほど葵は淡白にもなれない。忍のようにいつでも落ち着き払った振る舞いが出来るようになりたいのだけれど、まだ憧れの存在には程遠い。
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