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act.6影踏スクランブル<5>

「異性に免疫が無いのは私達も同じだわ。先日北条さんにお会いした私の友人も、北条さんがとても素敵な方だったと舞い上がっていましたもの」 「光栄です」 やりとりに黙って耳を傾ける葵には、忍が彼女とどんな縁があるのかやはり理解出来ていない。けれど忍はいわゆる上流階級の生まれだし、彼女もまた葵でも名を知っているほど有名なお嬢様学校の制服を身に纏っている。家同士の繋がりなのだろうとあたりをつけた。 「奈央なら今頃あなたを探していると思いますよ。中庭の傍に居ると伝えればきっとすぐにここへやって来るでしょう」 「送って下さらないの?」 会話を切り上げようとする忍に、加南子は愛らしく小首を傾げてみせた。忍が道案内をするのが当たり前だと信じて疑わない様子。だが忍は葵の肩を抱いて加南子の誘いをきっぱりと断った。 「生憎今は彼を医務室のほうへ送り届ける途中なので」 忍はこの場を離れるために葵を利用することにしたらしい。唐突に会話に参入させられて戸惑う葵へと、初めて加南子の視線が向けられた。嘘が見破られるかと不安になったが、彼女は葵の顔をジッと見つめると謝罪を口にした。 「……まぁ、それは引き止めてしまってごめんなさい。本当だ、顔色が悪いわ」 葵はちっとも具合は悪くないのだが、生まれつきの色素の薄さがこんな時に役に立ったようだ。謝られると余計に気まずい思いをさせられる。葵はただ首を振って彼女の謝罪を受け流すことしか出来ない。 本当に彼女を一人残してしまっていいものか。葵は不安になるが、忍は加南子に別れを告げるとあっさりと置き去りにしてしまう。彼女も本心で忍に連れ添ってもらいたかったわけではないらしい。もう葵達からは関心を失くし、光沢のある爪で携帯を操作し始めている。 「本当に医務室行くんですか?」 「行くわけがないだろう。俺は医務室の”ほうへ”と言ったんだ。嘘は付いていない。言葉の綾だ」 忍は全く悪びれもせず種明かしをしてくる。確かに寮内にも医務室はあるが、あの流れでは彼女が勘違いしても無理はない。 「あの方は奈央さんと会長さんの……お友達?」 何と表現するのが適切か分からず、悩んだ末に出てきたのは無難な言葉だった。忍の少し棘のある態度や、奈央のあの苦しげな顔を見ると友好的な関係でないことは予測が付けられるが、他に何も浮かばなかったのだ。 「女は得意じゃない。特にああいう類のはな」 忍ははっきりとした答えをもたらしてくれなかった。でも嫌悪感を滲ませる忍に対してこれ以上この話題を引きずるのは良くないのだろう。ちょうど寮の入り口に着いてしまったのも会話を途切れさせるきっかけとなる。 寮の入り口には見知った二人の人物が葵を待ち構えていた。歩道からエントランスへと伸びる階段に腰を下ろして煙草を咥える京介と、うたた寝でもしていたのか眠そうに伸びをする都古。 二人は連休最終日に仲違いをしたけれど、翌朝には挨拶を交わし、三日経った今日はこうして揃って葵の帰りを待つぐらいに関係を修復してくれた。 「放課後どうせああしてお前の帰りを待つだけなら、あいつらにも手伝わせたらどうだ?雑用ならいくらでもある」 「……聞いてみます」 多分来ないと思う。葵にそんな確信はあったが、二人が生徒会室にやって来てくれるのなら更に賑やかになる。一足先に寮の中へと入ってしまった忍を見送りながら、葵は幼馴染と飼い猫の中心に収まった。

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