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act.6影踏スクランブル<6>

* * * * * *  防音が施された音楽室は自分が生み出した音だけで満たされるはずだった。だが、軽く指慣らしを済ませた櫻がグランドピアノに向き合い、本格的に練習を始めようとすると、突然無遠慮に扉を開く音が響く。 演奏を不愉快な音で邪魔されるのを何よりも嫌う櫻が侵入者を睨みつけるように視線を向けると、予想外の人物がそこにいた。 「……ども、混ざっていいっすか?」 つい先程別れたはずの双子のうちの一人。いい加減メッシュと微妙な口調の違いで彼が”爽”であることは認識できるが、ギターケースと小型のアンプを抱えてやってきた意味が分からない。 「一応聞くけど、混ざるって何?」 櫻が許可を出す前に爽はちゃっかりと室内に入り、部屋の隅の椅子に腰を下ろしてしまう。一年の双子が入学早々葵に手を出す程行動的であることは知っていたが、まさか櫻相手にまでそれを示されるとは思わなかった。 「部屋で練習してると聖がうるさいから、俺もここ使いたいなぁって。でも普通許可取れないじゃないっすか」 確かに一般生徒が部活でもなく音楽室を利用するのは難しい。櫻は音楽を生業とする家柄のお陰で、生徒会という身分を得る前から自由にこの場を使うことを承認されていたが、まだ正式に役員でもない爽が望んだところで難しいだろう。だから櫻に便乗してしまおう、そう思ったらしい。 それにしてもどう考えても親しみやすいとは言い難い櫻に対して、随分勇気のある行動だ。ギターのハードケースを開いて早速準備を始めだした爽は櫻に追い出されるとはちっとも考えていないらしい。 「良いなんて言ってないんだけど」 「え、ダメなんすか?」 櫻が改めて厳しい視線をぶつけてみるが、爽は随分意外そうに目を丸くするばかり。 彼は誕生日パーティを経て随分と生徒会への距離を縮めてきた。確かに生徒会の手伝いをすることは認めてやったものの、葵のことに関してライバル関係なのは変わらない。櫻はプライベートで彼と親しくする気など無かった。 だが、爽は櫻に怯むどころかギターのチューニングを始めながら櫻相手に尚も話しかけてくる。 「月島先輩って何歳からピアノやってるんすか?やっぱ楽器って小さい頃からやってないとダメなのかな」 爽のぎこちない手つきから察するに、恐らくまだ練習をし始めてそれほど時間が経っていないのだろう。調弦するだけでももたついているのだから、実際に音を奏でられるようになるにはもう少し時間が掛かりそうだ。

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