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act.6影踏スクランブル<8>

「すみません、もしかしてマジで邪魔でした?」 マジでもなにも初めから櫻は彼がこの場に居ることを良しとしないことはアピールしてきたつもりだった。それでも櫻が練習を中断する意思を見せてようやく爽は焦りを感じたらしい。慌てて自らの荷物を片付けようとするあたり、まだ子供なのだと思わせる。 「いいよ別に。鍵だけ忘れずに掛けてって」 櫻はブレザーのポケットから取り出した音楽室の鍵を彼へと放り投げて渡してやる。しっかりとキャッチしてみせた爽だが、その表情は曇ったまま。 「あの、すみませんでした」 「別に怒ってないよ」 譜面を片付けていると爽は櫻の元に歩み寄り、再び謝罪を口にしてきた。本当に彼に対して怒っているわけではないのだが、普段の櫻の言動が彼を不安にさせているのだろう。 確かに静かな時間を侵されたことには多少イラつきはしたが、きつい言葉で追い出そうと思わなかった。親しい人間以外とは口をきくのも嫌な櫻だが、双子に対しての感情はここ数日で着実に和らいでいる。少なくともこうして意思疎通を図ってやっても良いと思うぐらいには。 「部屋にピアノあるし、別にここじゃなくちゃいけない理由はない」 「でも、帰られたら困るんすけど」 「……なんで?」 爽だって誰もいない部屋で存分に練習出来るほうがいいはずだ。だが彼は困った顔をして櫻を引き止めようとしてくる。櫻がその理由を尋ねれば、爽は少しだけ迷った素振りをみせたあとここへやって来た真意を白状した。 「月島先輩、楽器ならなんでも出来るって聞いて……本当は教えてもらえたらなぁって思って来たんです」 だから”困る”、なのか。櫻はそれを聞いて納得した。しかしこの自分に楽器を、それもピアノでもヴァイオリンでもなくエレキギターを習いたいとは。随分と恐れを知らない後輩だ。 「軽音部にでも入ったら?レベルは低いけど、一人で練習するよりはマシじゃない?」 「嫌ですよ、知らない人ばっかじゃないっすか」 入学式で初対面の葵を口説き、上級生たちのランチに混ざることを成功させた人物の言う台詞とは思えない。 「僕よりも軽音部のほうがどう考えても話しかけやすいでしょ」 自分で言うのもおかしいが、紛れもない事実だ。長い学園生活の割に、櫻が会話する同級生は忍と奈央ぐらいだ。クラスメイトですら櫻に気軽に声を掛けるのを恐れているというのに爽に選ばれる意味が分からない。 「でも俺嫌われてるみたいだし」 「……あぁ、やっかみね」 一年、それも他の学校からの編入生である双子が葵に纏わりついているだけでも嫉妬の対象になりやすいというのに、今は生徒会室にも顔を出している。彼等は弱気な態度は一切見せないが、周囲からの当たりが強いことは予測がついた。

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