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act.6影踏スクランブル<9>

「じゃあ生徒会来るのやめたら?」 「それは絶対嫌です。葵先輩と会えるの昼休みと放課後だけなんすよ?」 それを同じく葵を愛する櫻に訴えてどうするつもりなのか。櫻だって葵とは学年が違う。だから性に合わないと分かっていながら生徒会の役員になることを決めたのだ。少しでも葵と過ごせる時間を増やせるように、と。 誤算だったのは友人忍もまた同様の理由で生徒会に入ったことと、葵本人が予想以上に幼かったこと。櫻の想定ではもうとっくに葵を囚えられていたはずだったのだが、現実はまだ恋愛には程遠い。 「とりあえず、僕に物を頼むならまずまともにチューニング出来るようになってからにして。狂った音聞かされたら頭が痛くなる」 随分と爽の相手をしてしまった。鞄を手にした櫻がそう言い残して立ち上がると、今度はもう爽も引き止めはしなかった。だが諦めたわけではないらしい。 「明日までにちゃんと上達しとくんで」 ということは、明日もまた彼は追いかけてくるつもりらしい。だから櫻はもう一つ、課題を与えることにした。 「タダでは引き受けないよ。僕の代わりになるぐらい生徒会で役に立ってくれたら考えてあげてもいい」 「月島先輩の代わりって。……紅茶飲んでるだけじゃないっすか」 「うるさいな。生徒会がどんな仕事してるのか分かってないでしょ?」 入学したばかりの爽はまだ学園内での生徒会の立ち位置を正確に把握出来ていないはずだ。とにかく地味な作業が尋常でないほど多い。葵という存在を差し引いても、櫻は生徒会での仕事に飽き始めていた。 「図書館で勉強してきなよ」 「……図書館っすか?」 「そう、昨年度までの資料があるから。少なくとも役員になる前にあれを見てたら僕は立候補してなかったと思う」 爽が実際に役員を諦めたならライバルを遠ざけられたことになるし、反対にやる気を出して生徒会の戦力になってくれたら櫻が楽になる。どちらに転んでも櫻にとってはメリットがあるからこその提案だ。 爽はピンと来ていない表情を浮かべたものの、早速明日見に行ってみると宣言してきた。この様子では彼に諦める、という選択肢は無さそうだ。 音楽室に爽を一人置いて廊下へ出ると、最終下校時刻を過ぎているおかげで棟全体がシンと静まり返っていることに気付かされる。いつももっと遅い時間に寮に戻るのだから、この静けさに対しての恐怖など櫻には微塵も無い。ただ今日は少し苦い記憶を呼び覚ましたせいで気分が悪かった。 “月島に淫売の子は要らない” 月島家で暮らすようになってから、何度もこの言葉を掛けられた。いくら顔が良くても音楽の才能がなければこの家で暮らす価値はない。そういう意味だったのだろう。 「顔で負けて、音楽でも負けて。あいつらは”淫売の子”に何なら勝てるのかな?」 櫻の疑問に答える者は誰も居ない。自嘲気味に漏らした声は暗がりに淡く消えていった。

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