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act.6影踏スクランブル<10>

* * * * * * 「……で、改めて聞くけど、どうして来たの?」 学園からこの喫茶店まで、彼女は何故か無言を貫いてきた。奈央はこの無言攻撃には慣れ始めていたけれど、このままにしておくわけにはいかない。呆れる気持ちを隠しきれず、改めて彼女に問いかけた。 中庭に居る、とだけ来たメールを頼りに迎えに行けば、そこには複数の生徒に遠巻きに囲まれる加南子が居た。黙ってさえいれば彼女は楚々としたお嬢様。男子生徒だらけの学園内で彼女は目立ち過ぎる。 本当はこうして学園から連れ出しもせず、彼女がいつも使っている送迎用の車に乗せてしまいたかったのだが、一人でここまで来たと言われれば奈央にはどうしようも無かった。 「ここ、騒がしいわ」 お嬢様からしたら確かに若者向けの喫茶店は会話するには適さないだろう。すぐ近くに大学生らしきカップルがはしゃぎながら旅行の計画を立てているのも加南子の眉をひそめさせている要因かもしれない。 「じゃあ出る?家まで送るから」 「……そんな嫌そうな顔して言われても嬉しくない」 ならばどうしろと言うのだろう。思わず言い返したくなる言葉を奈央は必死に飲み込んだ。 加南子がやって来た理由は大方予測がついていた。彼女が正式に奈央を”婚約者”として発表すると宣言して以来顔を合わせていなかったが、メールでは頻繁に連絡が来るようになっていた。婚約発表の日取りを決めるための両家の顔合わせの相談や、婚約指輪のリクエストなど。全く返事をする気になれない内容ばかり。焦れた加南子がこうして学園まで乗り込んでくるとまでは予想していなかったけれど。 ちらりと携帯のディスプレイを覗き見れば、もう夜七時を過ぎている。加南子は本来SPも付けずに一人で出掛けていい家柄ではない。どのように親へ連絡を入れているか分からないが、結局奈央が送ってやらねばならないのだろう。

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