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act.6影踏スクランブル<11>

「ねぇ、レモンが欲しい」 「そのポーションがそうだよ」 「違う。スライスしたレモン」 加南子はそもそも注文した商品を自分でテーブルへと運ぶシステムすら不愉快そうにしていた。もちろん奈央が二人分まとめて会計をし、加南子の紅茶を運んでやったのだけれど、席を自分で取らなければならないことにも苛立っている。だからこうして店への不満をぶつけてくるのだろう。 「……分かった。一応聞いてくる。それで無かったら諦めてストレートで飲んで」 しばらく見つめ合ったのち、彼女がどうしても引かないと知った奈央は仕方なく店員に声を掛けに行くことにした。 加南子を席に残してカウンターの店員に”レモン”をリクエストしてみるが、案の定不思議そうに聞き返され、そして当然のように断られてしまう。予測していたとはいえ、余計な恥をかいたようで堪らない。 「やっぱりレモン無いって……加南子、何してるの?」 戻ってきた奈央は加南子に結果を報告してみるが、彼女の手に見覚えのある携帯が握られていて思わず棘のある声を出してしまった。 「0927、分かりやすいのね」 「勝手に触らないで」 パスワードまで暴かれている。確かに自分の誕生日の数字で設定しているのは安直だろうが、それは奈央の周りにこうして人の携帯を弄ろうなんて人間が居なかったからだ。 取り返そうとするが、加南子は奈央の手をふわりとかわし、携帯を操作し続けている。見られて困るようなものはない。奈央はそう思ったのだが、加南子が色のない表情を浮かべて示してきた画面を見て青ざめた。 「この方、誰?」 映し出されていたのは冬耶から送られた、葵とのツーショットだった。水族館で手に入れたという白イルカのぬいぐるみを抱えて微笑む葵の姿は愛らしくて、もう何度見返したか分からない。その行動まで暴かれたような気がして、奈央はいたたまれなくなる。 「さっき会ったわ、この金髪の方に」 「……会ったの?」 「ええ、北条さんと一緒に居たの。もしかして生徒会の方?」 写真の中の葵が同じ生徒会に属する生徒であること。それがバレたところで本来奈央に何の痛手でもない。けれど唯一気がかりなのは、連休中彼女との約束を反故にして生徒会の人間と会っていた、それを彼女が根に待っているという事実だった。 誤魔化すことも考えたけれど、忍と会ってしまっているとあればその場で葵を役員だと紹介している可能性もある。嘘をつくのは得策ではないだろう。奈央が肯定を示す頷きを返すと、加南子は更に携帯を操作してもう一つ写真を表示させてきた。 「この写真も同じ方よね?」 それは幼い頃の葵の姿だった。 歓迎会の夜、葵が枕元に隠した写真を奈央がこっそり撮影した時のものだ。葵が心を乱している要因なのでは、そう疑って保管していたのだが、結局未だに誰にも見せることなく奈央の携帯で眠っていた。それを加南子にこんな形で晒されることになるとは思いもしなかった。

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