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act.6影踏スクランブル<12>

「奈央はこの方と親しいのかしら?出掛けた相手もこの方なの?」 女性の勘は鋭いというが、奈央は今まさに実感している。葵の写真を出されて明らかに動揺した奈央を見て彼女は確信を持ってしまったようだ。 「後輩だよ、ただの」 「そう、じゃあ私はそのただの後輩よりも格下ということ?面白くないわ」 加南子はそう言って奈央の携帯の背面に貼られていたステッカーに爪を掛けた。星を模したシールは葵と出掛けたプラネタリウムの思い出。以前も加南子はこれを外そうとしてきたが、まだ諦めていなかったらしい。 「加南子、やめろ」 きつく咎める声を出し彼女の手に触れ携帯を奪い取ろうとしたが、その反動で彼女の爪に捕らえられていたステッカーが一筋、欠けてしまった。隣のカップルが会話を止め、こちらを凝視しているのが分かる。傍から見れば、奈央達も同じカップル同士で、諍いの最中とでも思われているのかもしれない。 「こんな事でもなければ奈央は私に触れてくれない」 加南子は奈央の動揺をよそに、奈央が触れた手の甲を自らの指でなぞる仕草を繰り返す。確かに奈央を好きだと言う彼女に対して、好意を返してやれないことには申し訳ないという気持ちはある。だが、それとこれとは話が別だ。 「……悪いけど、今日は一人で帰って」 「そんなに大事なものだったの?ただのシールでしょう?」 「人の物を傷つけたらまず謝罪、だよ。当たり前のことが出来ない人を好きになんてなれない」 奈央がきっぱりと言い返せば、気丈な彼女の瞳が揺らいだ。泣かせてしまう、そう思った時には遅く、加南子の目元に涙が滲み始める。 「迎えを呼ぶから」 奈央は加南子の涙を見て見ぬふりをして、取り返したばかりの携帯に視線を落とした。 「ねぇ、本当にこの人と出掛けたの?二人で?」 「君には関係ない」 「あるわ。自分の立場を忘れたの?」 はっきりと上下関係を示してくる加南子に、苦い感情が湧き上がる。簡単に泣き出してしまう所は二つ年下らしく子供っぽいけれど、家の力を翳してくる所はちっとも可愛らしいと思えない。 「この人の名前は?私達の仲を邪魔するなら考えがある」 「違う、彼は僕が一方的に……」 “好きなだけ”そう言い掛けて、奈央は口を噤んだ。この気持は恋愛感情ではない。自分を慕ってくれる可愛い後輩に対しての、単なる親愛の情。そう自分に言い聞かせてきたというのに、本心はもはや隠しようがなくなっているようだ。 「奈央が一方的に?彼を好きってこと?」 「そうじゃない、一方的に”連れ出した”だけ。とにかく、彼を巻き込んだら許さないよ」 連休中の話にすり替えてなんとか誤魔化すけれど、加南子は疑いの目を向けてくる。これ以上加南子と居たら、怒りに任せて自分が隠し通してきた感情が溢れてきてしまう。それを危惧して立ち上がれば、加南子はそれ以上奈央を追いかけては来なかった。

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