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act.6影踏スクランブル<23>
「奈央さん、何か僕で力になれることありますか?いつも助けてもらってばかりだから」
湾曲な表現はやはり苦手で、結局奈央への気持ちをそのまま口にすることしか出来ない。奈央が触れられたくない素振りを見せたのならすぐに身を引く覚悟は出来ていたが、彼は予想に反して少しだけ悩んでみせる。そして静かに言葉を選びながら今日の訪問者のことを教えてくれた。
「今日来た子はね、親の会社の最重要取引先のご令嬢。これでなんとなく僕と加南子の力関係は伝わるかな?」
自嘲気味に笑うなんて奈央らしくない。その表情を見るだけで葵の胸がギュッと痛くなる。
「葵くんは加南子と会ったんだよね。どう思った?」
「え、僕が、ですか?」
奈央の話を聞こうとしていた矢先、不意打ちのように問い返されて葵は戸惑った。会話をしたのは忍で葵は名も無き一般生徒としてただそこに存在していただけ。だが、奈央が何かを求めるように葵を見つめ続けるから、葵はただ傍から見た感想を述べた。
「お姫様、みたいな人でした」
稚拙な表現だが、それ以外に上手く言い表せなかった。セーラー服のスカートをドレスのようにはためかせ、あの忍ですら自身の従者として扱おうとする様子はまるで一国の王女。
「お姫様か。確かにその印象は間違っていないかも。彼女は自分の常識が世間の常識だと信じているところがあるから」
奈央の言わんとすることは葵にも理解できる。彼女の態度は一見傲慢に見えるものだが、決して悪意を持って振る舞っているのではなく、むしろ彼女はそれ以外の言動を知らないように思えた。
「でも、奈央さんと加南子さんの登場する絵本は別々だと思います」
「……それってどういうこと?」
「奈央さんは王子様で、加南子さんはお姫様だけど、違う物語の登場人物かなって」
奈央が学園の中で”王子”と評されているのは、加南子とは全く別の理由。容姿はもちろんだが、誰に対しても優しく穏やかな奈央は童話の中で不遇な運命を辿る人々を助ける正義の存在と重なる。だから”王子”なのだと、葵はそう感じていた。
だから生まれからお姫様の加南子と同じ物語で生きる王子様とは別物に思える。そんな率直な印象を伝えてみたのだが、どう考えても的外れな回答だっただろう。夢見がちな発言を奈央が馬鹿にすることはないはずだが、悩んでいる相手にはやはり不適切だったかもしれない。
「変なこと言っちゃってごめんなさい」
「ううん、なんだかすごく欲しい言葉だった気がする」
葵の不安に反して、奈央は言葉の通りどこか安堵した表情を浮かべていた。そして奈央は葵の頬にそっと手を当ててきた。温かい指先はわずかに震えている。ぴったりと目線を合わせてようやく葵は気が付いた。奈央の焦げ茶色の瞳はココアに似ている。
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