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act.6影踏スクランブル<25>
今度は自分に何が出来るだろうか。不完全燃焼のまま帰る気にはなれなくて、葵はしばらく思案したあと、歓迎会で奈央が自分にしてくれたことのお返しをしようと思い立った。
「奈央さん、もう寝ますか?」
「そうだね、今日は疲れたから少し早いけどそろそろ休もうかな」
「じゃあ、奈央さんが眠るまで一緒に居てもいいですか?」
葵は誰かが付き添ってくれた状態で眠る安心感をまだ手放せそうにない。奈央はきっと一人で眠ることなど苦ではないかもしれないが、少しでも良い夢が見られるように葵が思いつく限りの手助けをしたかった。
「……ちょっと恥ずかしいね、これ」
押し問答の末、奈央は葵に手を引かれて寝室に向かうことを選んでくれた。でも奈央だけがベッドに横になった状態で、葵がベッドサイドにしゃがみ込むと、彼は照れ混じりの笑顔を向けてくる。
「こうやって手を繋いで、トントンってしてもらうとすぐに眠くなっちゃうんです。どうですか?」
葵はそう言いながら奈央の手を捕まえて布団の上から彼の体を一定のリズムで叩いてみるが、奈央はちっとも眠くなる気配を見せてくれない。それどころか、お喋りを続けようとしてくる。
「いつも葵くんにこうしているのは冬耶さん?」
「遥さんもしてくれます」
「じゃあ葵くんがしてあげるのは?」
「……奈央さんが初めて、かもしれないです」
思い返せば、誰かを寝かしつける機会すら無かった。だから今この時間が葵にとっての初めての経験だと告げれば、奈央が繋いだ手に控えめながら力を込めてきた。
「奈央さん、目を瞑らないと」
「うん、そうだね」
眠る気の無さそうな奈央を促せばようやく瞼は閉じてくれるけれど、この状況が面白いのか時折くすくすと笑い声が漏れ聞こえてくる。これではちっとも終わりが見えない。
繋いだ手から伝わる体温と、頬を預けた柔らかな布団の感触。どうやら葵のほうが先に眠くなってしまいそうだ。
「奈央さん、早く眠ってください」
「もう寝てるよ?」
段々と瞼が重くなってくるのを耐えながら懇願に近い言葉を口にすると、余計に奈央の笑みが深くなる。あまり冗談を言わない真面目な彼が、こうして葵をからかってくるのだから気分は良くなっているのだろう。そう、思いたい。
「……元気、ですか?」
「うん、元気だよ。葵くんのおかげ」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた葵に、奈央は変わらず返事をしてくれる。本当なら奈央が先に眠っていなくてはならないのにまた失敗の予感がしてきた。
「もっと、がんばります」
「もう十分助けてもらってるよ」
奈央のために、そんな葵の願いを奈央はきちんと受け止めてくれているようだった。それだけでじわりと胸が熱くなる。
「奈央さん、大好き、です」
「ありがとう。僕も葵くんのことが大好きだよ」
「……よかった」
奈央の言葉が胸にストンと落ちた瞬間、安心感で一気に体の力が抜けていく。この夜、葵が最後に記憶しているのは耳をくすぐるような小さな笑い声と、優しく頭を撫でる温かな手の感触だった。
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