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act.6影踏スクランブル<27>

自室に戻った未里はデスクトップパソコンの前に腰を下ろし、先ほどまで続けていた作業を再開させることにした。葵が奈央のベッドで眠っている、その事実だけで怒りに手が震え、ついマウスを操作する音が強くなる。 「……うーん、やっぱり文字が足りないか。もっと集めないとなぁ」 画面に表示させているのは丸みのある繊細な筆跡。未里のものではなく、憎さを募らせる相手、葵のものだ。 連休中に思いついた葵への報復は、葵の筆跡を真似て一ノ瀬に手紙を書くことだった。最初は自分で書くことを試みたが、未里自身の痕跡が残ることを恐れて、今度は葵の文字をスキャンして取り込み、文書を作ることにしたのだ。 だが葵の文字を見るのすら嫌で生徒会からの配布物を殆ど捨ててしまっていた未里には、筋の通る文章が作れるほどの材料がない。 「いい考えだと思ったんだけどな」 椅子の背もたれに体を預けた未里は小さく溜息を零した。 画面に浮かんだ文字は"一ノ瀬先生、好きです"なんてなんの捻りもない言葉。筆跡だけなら一見葵が書いたようには見えるが、唐突な告白ではさすがに盲目な一ノ瀬も怪しむだろう。焦ってしまえばせっかくの良いアイディアが台無しだ。 葵から手紙が来る。一ノ瀬にとって喜ばしい、けれど非現実的な出来事にどうしたら信憑性を持たせることができるだろうか。 ただ葵を見るだけで満足している一ノ瀬を煽り、葵に接触させる。未里の描く大筋はこうだが、仮にも教師である一ノ瀬を上手く操作するには慎重に動かねばならない。けれど京介や都古に飽き足らず、奈央まで毒牙に掛けようとする葵を放っておくことは出来なかった。 未里はしばらく悩んだ後、まずは当たり障りのない日常会話から一ノ瀬に持ちかけることにした。まどろっこしいけれど、万が一手紙の差出人が葵本人ではないとバレたところで、誰も傷つくことのない内容ならばただの悪戯で済まされる。 そして徐々に一ノ瀬を”葵と両思い”だと思い込ませることば出来れば、きっと彼は現状に満足出来なくなるに違いない。未里の思惑通りに葵を襲ってくれれば、その時点で一ノ瀬が何を主張しようがおかしな嗜好を持った教師の妄想としか受け取られないだろう。 「やっぱり未里って天才かも」 今の時点では抜かりのない計画に思える。未里は自賛の言葉を口にしながら、新たな手紙の作成に勤しみ始めたのだった。

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