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act.6影踏スクランブル<30>

普段現れない存在がやってきたとあれば、一年の教室が並ぶ廊下は一気にどよめき出した。皆葵に対しては控えめな会釈をするものの、やはりそこに並ぶ聖や爽に対しては厳しい目を送ってくる気がする。教室に辿り着くとそれはより一層ひどくなった。 「ここが二人のクラスだよね」 「そうですけど……これからどうするんですか?」 「まさか一人ひとりに声掛けてくつもりっすか?」 教室の扉からぐるりと中を見渡した葵が気合を入れるように胸の前で拳を握ってみせるから、地道な作業を始める予感がして聖も爽もやんわりと止めに入った。だが、葵は既にアタリを付けたらしい。欠伸を繰り返してつまらなそうに成り行きを見守る都古を廊下に残し、彼は躊躇いもなく教室に足を踏み入れてしまう。 「大丈夫だから、待ってて」 「「……いや、ちょっと、葵先輩!?」」 葵は二人を見上げて微笑んでくれるものの、あろうことか教室の中心に固まる生徒達の輪に向かっていく。せめて一人ぽつんと席に座っているような生徒に話し掛けてくれればいいものの、何故あえてそこに行くのだろうか。 「ねぇねぇ、少しお話いい?」 双子の制止など気にも留めず葵が肩を叩いて声を掛けたのは、その輪の中でもど真ん中に存在し菓子パンを頬張っていた生徒だった。彼もまさか自分に用があるとは思わなかったのだろう。キョトンと目を丸くしているし、そんな彼の周囲も一斉にお喋りをやめた。 「え、俺、ですか?」 「うん、野球部の子だよね」 どうやら葵は彼の素性が全く分からないまま話し掛けたわけではないらしい。いつもポロシャツやジャージを着ている彼が運動部の生徒だということはいくらクラスメイトに興味のない聖でも知っている。だが何部かまでは知らなかった。 「竹内小太郎、って言います」 葵に名を知られていないと察した彼は、少し緊張した様子で自ら名を名乗り始めた。葵を前にしてポロシャツにふざけてネクタイを巻いた自身の姿が恥ずかしくなったのか、瞬時にネクタイを解いて隠した様子を見ても、少なくとも失礼な奴、ではないように思えた。 「小太郎くん、ね。一つ相談があるんだけどいい?」 「相談、ですか?」 「うん、小太郎くんに」 「……ホントに俺で合ってます?」 小太郎が半信半疑なのも無理はない。一般生徒にとって他学年の生徒会役員とこうして面と向かって会話をする機会など皆無に等しいはず。それも役員から依頼をされる、なんて全く想像が出来ない事態だろう。 しかし葵はここからどうやって彼を口説くつもりなのだろう。聖はこの先の展開に頭を捻らせた。

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