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act.6影踏スクランブル<33>
* * * * * *
「みゃーちゃん、まだ眠い?本当にごめんね」
授業中にいくら居眠りしても収まらない眠気は欠伸として表現される。都古が自然と滲んだ涙を拭っていると、隣を歩く葵がバツの悪そうな顔で見上げてきた。
昨夜葵は奈央の部屋で眠ってしまったが、もしかしたら夜中に目覚めて戻ってきてくれるかもしれない。そんな期待を捨てきれず都古はずっと同じ姿勢で葵を待ち続けていた。それ自体は都古が勝手にしたこと。
“すぐに戻ってくる”という約束を守ってくれなかったことに対しては朝葵が現れた時に十分拗ねてみせたし、こっそりお詫びのキスもしてもらった。
奈央が気遣って、昨夜は葵をベッドで寝かせ自身はソファで眠ったと教えてくれたことも都古の気を鎮めてくれた。だから決して当てつけているわけではない。本当にただ眠いだけなのだ。
「平気。もう、終わるから」
今しがた今日最後の授業を化学室で終えたところ。あとは教室に戻ってホームルームさえこなせば、自由の身だ。
「今日、遅い?」
「生徒会は多分そこまで遅くならないと思う。でも、英語で分からないところがあったから、会長さんに聞きたいなって」
葵が生徒会に行くことや、役員たちと交流すること自体を止めることは多少我慢出来るようになった。でも早く帰ってきて欲しいと願うのは変わらない。それを心得ているから、葵は用事を作ってしまったことを気まずそうに打ち明けてくるのだろう。
都古が代わりにしてやれることなら名乗りをあげるのだが、生憎勉強では手助けできそうもない。葵が成績を保つために必死になっている理由を知っている都古は、さすがに自分の感情を押し通してまで葵を引き止めようとは思わなかった。
だから素直に頷き、彼の帰りを大人しく待つ約束を交わす。葵もそれを受けてホッとしたような表情を浮かべたのだが、その様子はホームルームが終わった後一変した。
「……あれ、ない。さっきまであったのに」
「どうしたの、葵ちゃん。何かなくしちゃった?」
帰り支度を整えていた葵が自身の机の中や鞄の中をひっくり返して慌てだした様子に、前の座席の七瀬が声を掛けた。都古もぺたんこの鞄だけをぶら下げてすぐに歩み寄る。
「英語の和訳ノートがないの」
「英語?今日授業あったっけ?」
「ないけど、持ってきてたんだ。会長さんに教えてもらおうと思って」
都古と同じく授業に全く身の入っていない七瀬は時間割もあやふやらしい。葵は律儀に説明をしてみせるが、顔色は随分と悪い。自らのブレザーの裾を掴む指が微かに震えているようだ。
「アオ、大丈夫?」
いくら大切なノートが見当たらないとはいえ、ただそれだけで葵がここまで動揺するとは思えない。葵の表情を隠す髪を掬いながら都古が覗き込めば、今にも泣き出しそうな瞳がそこにあった。
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