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act.6影踏スクランブル<37>

集中して作業を進めてしばらく経った頃、金属が軋むような嫌な音が微かに耳に届いた。都古が背後を振り仰ぐと、開け放したままだったはずの扉が閉ざされていることに気が付く。 まさか、と扉まで駆け寄ればやはり外側から何か細工をされているらしく簡単には開きそうもない。おまけとばかりに場内を照らしていた蛍光灯も次々に明かりを落としていく。明るかった空間があっという間に数メートル先の視界がおぼつかない程の仄暗さに変化した。 「随分地味なことするね、あいつら。正攻法じゃ都古くんに勝てないからかな?」 天窓から僅かに差し込む光だけを頼りに七瀬も扉前へとやってきた。袖を捲る彼もまたゴミを漁るのに熱中して、閉じ込められたことに気付くのが遅れたらしい。 「都古くん大丈夫だよ。すぐ綾呼ぶから」 取っ手に手を掛けたまま黙る都古に七瀬はそう声を掛けて、カーディガンのポケットから取り出した携帯を操作し始める。電波の通じる場所に監禁したところで何の害もない。七瀬は幼稚な悪戯に呆れたように溜め息を零すが、都古はこの状況にほんの少し動揺させられていた。 「暗いとこ苦手だっけ?」 扉に背を凭れかけるようにしゃがみこむと、七瀬が都古の異変に気付いて同じように屈んで目線を合わせてきた。暗いところ全般が怖いわけではない。封じ込めたい過去の記憶が蘇りそうで気分が悪いのだ。 「……蔵が、あった」 「蔵?都古くん家に?」 「そ。カビ臭くて、暗い」 この場所と似ているわけではないが、記憶を蘇らせるだけの共通点はあった。 幼い頃は躾の一環としてただ閉じ込められるだけだったが、時が経ってからは外へ音が漏れにくい蔵の中は性的な折檻の場所へと変化した。逃げられないよう繋がれた上で外から鍵を掛けられてしまえば、都古に出来ることは迫りくる地獄のような時間をただ待ち構えることだけだった。そんな無力な自分を俯瞰した夢を未だに見る。 京介には”全部忘れた”、そう言い切ったものの、実際こうして時折記憶を蘇らせては目眩を引き起こしていた。医者の手助けを受けながら自身の記憶に立ち向かう挑戦を始めた葵の強さに比べたら自分はなんて弱いのだろうか。

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